豊田自動織機製作所の常務取締役技師長の豊田喜一郎は、日本の国情に合った大衆乗用車をつくるという決断をし、自動車事業に進出するため、1930年小型エンジンの研究を開始し、1934年に1933年型シボレーエンジンを模したA型エンジンの試作を完成する。 1936年、A型エンジンを搭載したトヨタ初の国産乗用車AA型セダンとAB型フェートンを開発し、同年9月14日から16日東京府商工奨励館で、「国産トヨダ大衆車完成記念展覧会」と題して大々的な発表会が行われた。国産車への関心と期待の高さから期間中に訪れた人の数は2万人を超えた。また、この発表会の日に自動車製造事業許可会社決定の内示を得、量産体制(トラック)が急速に整備されることになる。 AA型は、エアフロー方式の流線形を採用し、キャビンのルーフをオールスチール製のターレットトップ(1枚ものの屋根)にして剛性を高めている。エンジンをフロントアクスルの真上にマウントしていることにより、リアシートはリアアクスルより前方にあり、優れた乗心地と理想的な重量配分を実現している。 足回りは、縦置きリーフスプリングとリジッドアクスルを組み合わせたエアフローとよく似た形式を踏襲。フォードやシボレーがロッド式ブレーキに固執していたのに対し、いち早く油圧ブレーキを採用。 エンジンは、65HP/3000rpmの最高出力と19.4kgm/18000rpmの最大トルクから、最高速度は時速110キロほど。 |