| 自動車の修理販売を営む、太田裕雄は1922年(大正11年)に早くも第1号車OS号を完成する。 エンジンの高回転と、ゼニスの気化器とマグネト点火で有名となる。 当初は965ccであったが、後に748ccとし、ボディ・スタイルを息子の裕一にまかせてから、そのスタイルの良さもあり、このOD型は670台も売れている。 ダットサンと同様に、同じシャシーでトラックも作っているし、多摩川レース出場車はダットサンをまかしている。 また、OD号から三井物産の援助もあり、本格的な工作機械、例えばフライス盤やグリーソンの歯切機械なども輸入し、大森に工場を新設し、社名もオオタ自動車から高速機関工業に変えている。 |