トヨタ自動車の創業者の豊田喜一郎は、1938年に完成した挙母工場の建設に際し、各部品製造ラインが最終組立ラインに同期化して部品を供給できるように、各ラインが相互に連結した工場レイアウトを採用し、その工場で必要なものを、必要なときに、必要なだけ生産するジャスト・イン・タイム生産を提唱して試行した。しかし、その試みは、軍需生産に傾斜するなどにより試行は中断された。 1950年代に、資金や材料が乏しいなかでムダなものを生産しないようにするためジャスト・イン・タイム生産が改めて試行された。それを実現する道具として1960年代に「かんばん」が考案され、実用化された。後工程は、部品使用時に外した「かんばん」に表示された必要数を前工程に引き取りに行き、前工程は部品引き取り時に外した「かんばん」に表示された必要数を生産するというように、「かんばん」は後工程の運搬指示と前工程の生産指示の道具として広く利用されるようになった。 ジャスト・イン・タイム生産では、「流れによる生産」が大切である。多種類の部品を同一ラインで生産する場合、後工程に引き取られた部品を遅滞なく生産するために、単位時間毎の生産個数を平均化する必要がある。そのため1971年に、多機種を組み付けるエンジン工場で、機種表示プレートをロータリー装置に配置し、回転により順次プレートをテレビに写してオンラインで組み付け機種を指示するロータリー式仕掛機が採用された。 |