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Vol.13 No.6

学生の 熱意を映す 赤外線
Infrared Radiation Reflecting Students’ Passion
相澤 哲哉、木下 浩行
Tetsuya AIZAWA, Hiroyuki KINOSHITA
明治大学
Meiji University

アブストラクト

 カーボンニュートラル社会においてもディーゼル機関は大型車を中心に広く利用され続けると予測され、熱効率向上は重要課題である。ディーゼル機関の熱効率向上策の一つとして冷却損失低減が注目される。ディーゼル火炎から燃焼室壁面への熱伝達は時空間的に強い変動を伴う極めて複雑な現象である。著者らはこの現象解明に有用な赤外線サーモグラフィの応用について研究している。詳細な現象理解により、壁面冷却損失低減の新たな手法の開発が期待される。コロナ禍で身近になったサーモグラフィだが、ディーゼル火炎衝突壁面への適用には、要求される撮影速度、強烈な背景輝炎放射への対策、現象自体の複雑さなど、一筋縄では行かない難しさがある。

可視化による詳細な現象解明から新たな熱効率向上策の創出へ
赤外高速度サーモグラフィと工夫を凝らした各種ガラス窓の合わせ技

 内面にクロム膜を蒸着したガラス窓にディーゼル噴霧火炎を衝突させ、輝炎の放射をクロム膜で遮断しつつ、火炎で加熱されたクロム膜からの赤外放射を窓の裏側から世界最速の赤外線高速度カメラ(毎秒1万コマ)で撮影すると、動画1に示すような周期的に揺動する放射筋状パターンが観察される(1)。従来実験に用いてきた合成石英窓の光学研磨面に加えて、実機並みの高い熱拡散率・熱浸透率を持つ単結晶シリコン窓、実機並みの表面粗さの摺りガラス窓、壁面近傍の乱れの制御を狙い超音波スピンドルで溝加工を施したリブレット表面加工窓(後述)を用いるなど、様々な工夫を盛り込み、多種多様なパラメータを変化させた実験を実施している。

Movie.1 噴霧火炎衝突壁面赤外高速度サーモグラフィの装置概要と撮影された動画例

冷却損失低減の検討に有用な温度および熱流束分布の時系列可視化を実現

 撮影された赤外放射画像を電気炉を用いた校正により温度分布時系列画像に変換し、これを境界条件とする三次元非定常熱伝導解析を行うと壁面熱流束分布時系列画像が求められる。温度分布は中央淀み点が高く周囲が低いのに対し、熱流束分布は高温の火炎と比較的温度の低い壁面が初めて接触する衝突直後の淀み点と放射状に拡がる円形領域の縁で高い分布を示す。10MW/m2程度の平均熱流束(図中ピンク色の矢印)に対し、筋状パターンの熱流束分布の稜線部(図中赤線)と底部(図中青線)の間では平均値の10~20%程度に相当する熱流束値の差が見られ、筋状パターン生成メカニズムを解明、活用することで壁面冷却損失を低減できる可能性が示唆される。

Movie.2 温度分布および熱流束分布の時系列画像例

広範なパラメトリックスタディによる筋状パターン生成メカニズムの解明

 筋状パターン生成メカニズムについて調べるため、噴射・雰囲気・壁面条件を広範に変化させたパラメトリックスタディを実施した(2)。いずれの条件でも筋状パターンは一貫して観察され、筋の幅、長さ、密度、挙動に顕著な差は無かった。筋状パターン生成メカニズムとして(a)液相と気相の分布、(b)温度分布、(c)流速分布が考えられるが、壁面温度や壁面粗さの影響が見られないこと、非燃焼条件や噴霧内温度が均質化した条件でも筋状パターンが変化しないことから、(a)および(b)は妥当しない。(c)については、噴霧火炎中の乱れや渦により壁近傍の温度境界層厚さおよび熱流束分布が筋状パターンを生成すると考えられ、実験と数値解析の両面から検証を進めている。

Movie.3 噴射・雰囲気・壁面条件によらず一貫して観察される赤外放射の筋状パターン

リブレット等による壁面冷却損失低減効果の検討へ向けて

 噴霧火炎中の乱れや渦により熱流束が変化し筋状パターンを生成するならば、リブレットと呼ばれる壁表面への溝加工等によって壁面近傍の乱れや渦を制御し、壁面冷却損失を低減できるかもしれない。そこで、筋状パターンを模した放射状の平行溝を石英ガラス表面に超音波スピンドル精密研削加工によって彫り込んだうえでクロム膜を蒸着し、ディーゼル火炎衝突中の赤外高速度撮影を試みた(3)。溝間の稜線部でのクロム膜の剥離など、今後対策が必要な課題はあるが、動画4に示す平面とリブレット壁面の温度差分布に示されるように、溝底部では数10K程度の温度低下が観察され、壁面冷却損失低減効果を調査する手法としての本計測法の有用性が示された。

Movie.4 平面とリブレット壁面の温度差分布

まとめ

 故・神本武征先生との議論から本研究を着想したのが2000年。本研究に適する赤外高速度カメラが初めて市場投入されたのが2015年。SIPでTAIZACインジェクタの開発やエンジン性能試験で多忙を極めていた2019年春、学生が赤外高速度カメラのデモ機を借用し副テーマとして自発的に試行した実験で、鮮明な筋状パターンが初観測された。この成果を足掛かりに明治大学研究重点理科設備費が採択され、赤外高速度カメラが正式導入され、研究が加速した。代々の担当学生の熱意無くして、現在の研究は無かった。クロム膜成膜に助言・協力を頂いたWayne State Univ. Prof. Marcis Jansonsおよび二光光学株式会社、超音波スピンドル精密研削加工に御協力頂いたプロソニック株式会社に深謝申し上げる。

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【参考文献】
(1)Tetsuya AIZAWA, Tomoki KINOSHITA, Shinobu AKIYAMA, Kouya SHINOHARA and Yuusei MIYAGAWA, "Infrared High-speed Thermography of Combustion Chamber Wall Impinged by Diesel Spray Flame," International Journal of Engine Research Vol.23, No.7, pp.1116–1130 (2022).
(2)木下 浩行、髙橋 起輝、志水 富賀、諸岡 雅人、長縄 荒野、Mahmud Rizal、相澤 哲哉、"ディーゼル噴霧火炎衝突壁面の赤外高速度サーモグラフィ(噴射・雰囲気・壁面条件が赤外放射筋状パターンに与える影響)", 第33回内燃機関シンポジウム講演論文集, No.20 (2022).
(3)志水 富賀、髙橋 起輝、木下 浩行、長縄 荒野、諸岡 雅人、Rizal Mahmud、相澤 哲哉、“ディーゼル噴霧火炎衝突リブレット付き壁面の赤外高速度サーモグラフィー”、自動車技術会2023年度春季大会講演予稿集、No.20235222, (2023)