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Vol.13 No.6

中赤外吸収分光法を用いた圧縮着火燃焼場におけるホルムアルデヒドの定量計測
Quantitative measurements of formaldehyde in the compression-ignition combustion field
using mid-infrared absorption spectroscopy
田中 光太郎、金野 満
Kotaro TANAKA, Mitsuru KONNO
茨城大学
Ibaraki University
アブストラクト

 エンジンシミュレーションに用いられる燃料の詳細化学反応モデルの構築には、着火遅れ時間や層流燃焼速度だけでなく、燃焼中間生成物の濃度履歴も重要である。低温酸化反応(low-temperature oxidation, LTO)を持つ燃料では、既往の研究から、ホルムアルデヒド(HCHO)が、燃料の自着火に重要な燃焼中間生成物であることがわかっている。そのため、詳細化学反応モデルの構築には、燃料の自着火過程で生成するHCHOの濃度履歴は有用なデータとなる。しかし、圧縮着火燃焼場におけるHCHOの定量計測はほとんど行われていないことから、本研究では、中赤外領域における吸収分光法を用いて、圧縮着火燃焼場におけるHCHOの定量計測手法の開発を行った。本記事では、その手法について紹介する。

中赤外光吸収分光法用いたホルムアルデヒド(HCHO)のモル濃度履歴の計測 (1)-(6)
背景と目的

 低温酸化反応(low-temperature oxidation, LTO)を持つ燃料が約600~1000 Kで自着火する場合、図1に示す通り、主燃焼に至るまでに2段の温度、圧力上昇が見られる。既往の研究から、1段目の温度、圧力上昇はLTOの発熱に由来し、1段目と2段目の温度、圧力上昇の間は、熱着火準備期間と呼ばれ、HCHOに由来するゆっくりとした発熱反応により反応が進行し、過酸化水素の蓄積が起きる。そして、過酸化水素が熱分解に至る温度に達し、OHラジカルが生成すると速い高温酸化反応(high-temperature oxidation, HTO)が起き、自着火に至る。HCHOはLTOを持つ燃料の自着火過程を検討するうえで重要な中間生成物であり、エンジンシミュレーションに活用する詳細化学反応モデルを構築する場合にもそのモル濃度履歴は有用なデータとなる。しかし、圧縮燃焼場におけるHCHOのモル濃度履歴の計測はほとんど行われていない。そこで、本研究では、吸収分光法を応用し、圧縮着火燃焼場におけるHCHOのモル濃度履歴を計測する手法を開発することを目的とした。そして得られた濃度履歴を用いて詳細化学反応の検証も行った。

吸収分光法の基本原理とホルムアルデヒド(HCHO)の計測波長

 HCHOの定量計測は、吸収分光法を応用して行った。吸収分光法は、分子が吸収する固有の波長の光を計測場に透過させ、計測場の透過前後の光の強度を計測し、その強度の減衰率から分子の濃度を決定する手法である。光の強度の減衰率(吸光度A)はLambert-Beerの法則から、吸収断面積σ(P,T) [cm2 / molecule]、対象分子の数密度c [molecule / cm3 ]、光路長L [cm]に比例する。そのため、計測波長の吸収断面積と光路長が予めわかっていれば、吸光度を計測することにより、分子の数密度(モル濃度)を得ることができる。HCHOなどの炭化水素は図2に示す通り、3μm帯に強い吸収帯を持つ。この領域の光を発振可能なインターバンドカスケードレーザが発展してきたことから、HCHO固有の吸収帯である3.5μm帯の波長で計測を行った。

実験装置と実験方法

 圧縮自着火燃焼場を形成するために急速圧縮装置(RCM)を用いた。本装置では、ピストンにより燃焼室を約40±1.5 msで急速圧縮した。燃料の自着火過程において生成するHCHOを計測するため、中赤外光が透過可能な窓(CaF2)と、多重反射ミラーを備えた新たな光学計測用シリンダヘッドを設計製作し、RCMに取り付けた。構築した光学計測装置類の概略図を図3に示す。光学系装置は、新たに制作したヘッドに固定した光学台に設置した。光源には、3561 nmのインターバンドカスケードレーザ(Nanoplus)を用いた。シリンドリカルミラーを用いて燃焼室内でレーザ光を7回多重反射させ、有効光路長を58.1 cmとした。多重反射後に燃焼室を透過したレーザ光はInSb光電素子電子冷却ディテクタ(浜松ホトニクス、P4631-03)を用いて検出した。この波長域では、HCHOの吸収線に燃料のブロードな吸収がわずかに干渉することから、2波長(2807.358 cm-1、2808.498 cm-1)を用いて、HCHOとともに、燃料の計測も行った。

実験結果及びモデルとの比較

 燃料にイソオクタン(i-C8H18)を用い、RCMの圧縮後圧力、温度をそれぞれ0.77 MPa、660 K、当量比を1.0として自着火させた場合のHCHOのモル濃度履歴を計測した例を図4に示す。グラフの横軸は圧縮後の時間を示しており、グラフは圧縮到達時を0 msとして記載している。得られた2波長の吸光度からHCHOと同時にi-C8H18のモル濃度履歴も 取得することに成功した。HCHOはi-C8H18のLTOにおいて生成し、主燃焼に至ると消費されるという結果が得られた。また、燃料であるi-C8H18はLTOにより約6割消費され、主燃焼ですべて消費されることが示された。SIPプロジェクトで構築された詳細化学反応モデルで計算した結果と比較すると、着火遅れ時間に差はあるものの、実験で得られたHCHOのモル濃度履歴と計算の結果は同様の傾向を示し、モデルがHCHOの生成履歴をよく再現することが確認された。

まとめ
 3.5μm帯の中赤外光源を用いた吸収分光法により圧縮燃焼場で生成するHCHOの定量計測手法を開発した。LTOにおいてHCHOが生成することが確認でき、詳細化学反応モデルの構築において有用な検証用データとなった。この手法では、光源の波長を変えることにより他の化学種の計測も可能であり、燃焼場で生成する中間生成物の定量計測の実施において有用な手法であるといえる。
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【参考文献】
(1)Mike. J. PILLING: Low-temperature combustion and autoignition, Elsevier, (1997).
(2)安東 弘光、酒井 康行、彰志 遠、桑原 一成:分子構造が炭化水素の燃焼反応機構に与える影響、自動車技術会論文集、41(3): 691-696 (2010).
(3)Kotaro TANAKA, Shinya SUGANO, Hiroya NAGATA, Satoshi SAKAIDA, Mitsuru KONNO: Quantitative measurements of formaldehyde in the low-temperature oxidation of iso-octane using mid-infrared absorption spectroscopy, Applied Physics B, 125, 191 (2019).
(4)田中 光太郎:燃焼ガス定量計測へのレーザー吸収分光法の応用~化学反応機構解析と排気計測への応用~、日本燃焼学会誌、61, 196, 132-141 (2019).
(5)Kotaro TANAKA, Shinya SUGANO, Naoya YOKOTA, Satoshi SAKAIDA, Mitsuru KONNO, Hisashi NAKAMURA: Time-resolved mid-infrared measurements of hydrogen peroxide in the low-temperature oxidation of iso-octane in a rapid compression machine, Combustion Science and Technology, 194, 10 (2022).
(6)三好 明、井 康行:ガソリンサロゲート詳細反応機構の構築, 自動車技術会論文集, 48, 5 1021-1026 (2017).
【さらに学びたい方へ】
1)Ronald, K., Hanson, Mitchell, Spearrin, Christopher, S., Goldenstein: Spectroscopy and Optical Diagnostics for Gases, Springer International Publishing, (2016).
コメント: 吸収分光法を用いた燃焼場の化学種計測に関して、基礎的な内容から実際の計測例までわかりやすくまとめられている。