TOP > バックナンバー > Vol.10 No.5 > 4 “空飛ぶクルマ”のビジネスモデルについて

Vol.10 No.5

4 “空飛ぶクルマ”のビジネスモデルについて
Business Models for Flying Cars
中野 冠
Masaru Nakano
慶應義塾大学
Keio University

アブストラクト

 2018年12月「空の移動革命に向けたロードマップ」が国から発表され(4-1)、空飛ぶクルマが国内でも2023年頃実現されるという期待が高まり、企業の関心が高まっている。海外では、すでに公開のテスト飛行が行われ(4-2)、都市型航空交通(Urban Air Mobility :UAM)として期待されている(4-3)。我が国では、都市交通だけでなく、持続可能な社会形成のために離島交通や救命救急医療など多様な用途が考えられる。空飛ぶクルマの実現のためには、機体技術・市場理解(ビジネスモデル)・インフラ整備を包括的に考えるシステムデザインが必要である(4-4)が、本稿では特にビジネスモデルについて概要を述べる。ビジネスモデルとして、多くのユースケースが対象となる(4-5)が、2020年代に実現する可能性の高いユースケースを紹介する。

1 なぜ空飛ぶクルマが必要か?

 ヘリコプターは、チャーターすると一回数十万円かかり、一般人は使いにくい。2人乗りのロビンソンR22は、機体価格は約27万ドルとドローンタイプの空飛ぶクルマの予想される機体価格と同じぐらい低額であるが、燃料代やメンテナンス代のため運航費は高額であるうえに、操縦が難しいと言われている(4-6)。eVTOL(electric vertical takeoff& landing)機すなわち電動であれば運航費が低減され、ドローンのように運転が簡単になれば操縦士訓練費が低減されて操縦士不足が緩和されるという期待がある。運航費が大幅に低減されれば運賃が下がり、利用者が増えてまた運賃が下がるという好循環が生まれ、オンデマンドで地上のタクシーのように利用できると期待される。今後再生可能エネルギーですべての電力が生成されれば、地球温暖化対策に効果が期待される。一方、現在のバッテリ能力では、フル電動機は航続距離が短いため活用場面が制約され、バッテリ劣化のためのバッテリ交換費用が大きく、運航費が期待するほど低額にならないという課題がある。また、安全性の確保は当然として、騒音、運航率向上など既存のヘリコプターの課題を解決する目途は未だ立っていない。従って、空飛ぶクルマの利点を活かして、これらの問題の少ない用途でまず実現を図っていくことが必要である。

2 ビジネスモデル
2.1 用途

 考えられる用途を図4-1に示す(4-5)。「タクシー・個人」用途は、市場規模は大きいが、高い安全性を要求されるので実現は一般に容易でない。「公共」用途は、騒音などに対する社会受容性が高く、安全性さえ確保されれば実現性は高い。「地方活性」の用途は、少子高齢化する我が国にとって重要であるが、需要が小さく運賃を低くしにくいという課題がある。「エンタメ」は、バッテリ能力や運航率の課題が小さく実現しやすい用途である。図4-2に、実現までのステップの例を挙げる。まずは、既存ヘリコプターをeVTOLに置き換えていくStep2が重要になる。その観点から、実現性が早いと期待される「救命救急医療」と「特定複合観光施設」について、次に述べる。

×
閉じる

Step1: 既存ヘリのオンデマンド実証実験
運航費が高く収益性は低い
Step2: 既存ヘリ事業で、eVTOLを利用
遊覧観光、ドクターヘリなどeVTOLでも可能な用途
Step3: eVTOLによるオンデマンドビジネス
ハイブリッド、高速化、高運航率でビジネス用途に市場拡大
Step4: 自家用車
自動化レベル向上
Step5: Air Metro
大型化
Step6: 空陸両用車
小型化

Fig.4-2 実現までのステップの例

2.2 救命救急医療

 救命救急医療では空飛ぶクルマは以下の点で社会受容性が高い。
■ヘリコプターのように騒音がある程度あっても理解が得られる。
■国家財政上、既存のドクターヘリのコスト低下が望まれる。
■高齢化とD-Call Net(4-7)普及などによって需要が拡大する予想。
■医師からの強い要請がある。
 なお、D-CallNetとは、救命率向上を目指して、事故車から消防本部やドクターヘリ基地病院に迅速な情報伝達をするシステムである。一方、以下の点で救命救急医療への応用は技術的に実現性が高い。
■医師だけ派遣すなわち2人乗りでも有用。存命率を高める上で、運航時間は約15分以内が求められるので、バッテリ制約が比較的小さい。
■運航管理、離着陸場は既存のヘリコプターのものを使うことが可能。
 そこで、慶應義塾大学空飛ぶクルマラボは、全日本航空全事業連合会(全航連)、JAXA、日本医科大学と共同で図4-3のようなNEXTAAコンソーシアム(Nimble Emergency x Treatment Air Ambulance)を2020年1月に設立している。

2.3 特定複合観光施設(IR)

 IRは、現在6都市が名乗りを上げており、2022年を目途に最大3自治体が正式に選ばれる予定である(4-8)。6地域とも海に面した都市である。例えば長崎空港からIR予定地まで陸路に比べて安全や騒音の観点で有利な海上22kmの距離であり、eVTOLで実現可能と考えられる。空港とIR間の移動は、多くの搭乗者数が見込めて運賃を高めに設定できることから、事業性は高いと考える。多人数を効率よく高頻度に運ぶためには、現状ではフル電動よりもハイブリッド機が有利でと考えられる。なお、夜間飛行が求められる、空港管制のスケーラビリティなどの課題がある。

3 おわりに

 もし安全で大衆が利用できる運賃で飛ぶことのできる空飛ぶクルマができれば、大きく社会を変えることができる。テレワークと空飛ぶクルマによって、もっと地方で快適に暮らせるようになるかもしれない。我々の試算によれば、海外から輸入する高級スポーツカーを買う顧客が空飛ぶ車を自家用に買うことを考えるだけで1兆円以上の市場がある。一方、バッテリ性能向上、騒音対策、運航率向上などの課題も多い。当面は、課題が少なくかつ社会受容性が高いあるいは事業性が見込める用途から順次実用化していくことになるだろう。空飛ぶクルマのビジネスモデルをさらに詳しく知りたい方は、文献5を参考にしていただきたい。

【参考文献】
(4-2) 日経BP:Volocopter flight (参照2020.2.23)
(4-4) 中野 冠:空飛ぶ車のシステムデザイン、月刊「研究開発リーダー」, Vol.15, No.3, pp.1-4( 2018)
(4-5) 中野冠監修、空飛ぶクルマラボ: 空飛ぶクルマのしくみ 技術×サービスのシステムデザインが導く移動革命、日刊工業新聞社、pp.1-160 (2019)
(4-6) Wikipedia:ロビンソンR22 (参照2020.2.23)