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Vol.10 No.6

5 静かなエンジンを目指して ~燃焼と構造の調和~
Aiming for Silent Engines – Coupling Effect of Combustion and Engine Structure -
三上 真人
Masato YAMAGUCI
山口大学
Yamaguchi University

Abstract

 SIPディーゼル燃焼チームの放射音低減班では、中・低負荷での熱効率を維持しながら放射音の低減を目指した。山口大学が構造面から、北海道大学が燃焼面から検討を行った。北海道大学は熱発生率が双峰形の2段燃焼により、初期燃焼抑制と消音スパイク効果による騒音対策を行いつつ排ガス特性と熱効率の向上を目指した。山口大学は構造面からの騒音抑制策を検討するうえで、燃焼衝撃の主要な伝達経路のピストン―コンロッド系を含む内部伝達系に注目し、燃焼面の対策との相乗効果を生むような構造面の対策を検討した。本稿では、燃焼面との調和を図り最適化を目指す構造面からのアプローチについて述べる。

燃焼と構造の両面から騒音低減
燃焼騒音の発生について

 図5-1にエンジンにおける燃焼騒音発生の概念図を示す。燃焼室内の圧力変動による衝撃はシリンダヘッドやピストンに作用し、最終的にエンジン外表面振動となり、音として放射される。ピストンに作用した衝撃はコンロッド、クランク軸を経由して伝達する。筆者の研究グループでは、この騒音発生過程を、(1)燃焼衝撃パワーの伝達・振動エネルギーとしての蓄積、(2)振動エネルギーの構造内減衰、(3)エンジン外表面からの騒音放射、の三つの過程に分け、時間変化と周波数特性の両面から捉えたモデルを提案している(5-1)。騒音低減化を行う際には、これらの様々な過程の観点を考慮することで効果的な策が可能となるものと考えられる。

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二段燃焼で燃焼騒音をキャンセル!?

 燃焼衝撃を抑制する手法として、27回の燃焼の圧力変動が逆位相となり打消し合うことで騒音低減を図る消音スパイク燃焼がある(5-2、5-3)図5-2に1段目の燃料噴射指示時期を-24 deg.ATDC、2段目を-6 deg.ATDCとした場合の熱発生率履歴を示す(5-4)。この場合1段目と2段目の圧力波が打ち消し合う周波数は、0.8kHz、2.5kHzである。図5-2に、2段目の噴射時期のみを変化させた場合の騒音レベルの周波数特性を示す(5-4)。燃料噴射指示時期が-6 deg.ATDCの場合に2.5kHzの騒音レベルが最も低いのは、この逆位相効果によるものである。ただし、同位相周波数では増幅されることに注意が必要である。

ピストン―コンロッド連成振動数の移動

 次に、構造面からの騒音抑制策を検討するうえで、燃焼衝撃の主要な伝達経路のピストン―コンロッド―クランク軸の内部伝達系に注目した。ピストンの運動方程式とコンロッド内の縦波の波動方程式を連成した簡易モデルにより連成振動数は約2.3kHzとなり、このエンジンで最も高い音圧レベルを示す2.5kHz成分に影響を与えていることが明らかとなった。そこで、コンロッド肉抜き部を短縮し縦波伝搬可能距離を短くすることで、振動数を高周波側へ移動させたSTPコンロッドを試作した。図5-3に示すとおり、コンロッドをSTP化することで、2.5kHz付近のピークは移動し、騒音のオーバーオール(OA)レベルも1.3dBA減となった(5-4)

燃焼と構造の調和へ

 2段燃焼による消音スパイク効果が有効となる周波数を構造の固有振動数に一致させても、熱効率や排ガス成分の観点で有効とならない場合もある。図5-4に、図5-2と同様の2段燃焼時の2段目噴射指示時期に対する騒音オーバーオール(OA)レベルと図示平均有効圧力(IMEP)を2種類のコンロッドを用いた場合に対して示す(燃料噴射量一定条件)(5-4)。オリジナルコンロッドを用いた場合には、騒音レベルが最低となる条件と熱効率最大条件とは一致していない。これに対し、コンロッドをSTP化すると、構造の固有振動数が高周波数側に移動し、騒音低減効果が最大となる二段燃焼間隔を短縮できるため、熱効率も維持できている。

おわりに・余談

 エンジン低騒音化に向けて、現在は基本に立ち返り燃焼騒音発生の時間・周波数依存物理モデルの詳細化の観点から取り組んでいる。実はこの物理モデルを想起したのは新幹線移動中であったが、コンロッドをSTP化し燃焼面との調和を図り最適化するというアイディアも新幹線移動中に思いついたものである。なお、ここで紹介したSTPはコンロッドの肉抜き部が短いという意味のShort Thinned Portionを示している。肉抜き部をThinned Portionと呼ぶ資料を見つけてのものだったが、後にSAEの査読者からI-beam Sectionとの指摘を受けたので、SISコンロッドの方が妥当な呼び名かもしれない。

【参考文献】
(5-1) Nguyen, T.A., Kai, Y., Mikami, M., R., Study on combustion noise from a running diesel engine based on transient combustion noise generation model, Int. J. Automotive Engineering, Vol. 3 No. 4, pp. 131-140 (2012).
(5-2) Fuyuto, T., Taki, M., Ueda, R., Hattori, Y., Kazuyama, H., Umehara, T., Noise and Emissions Reduction by Second Injection in Diesel PCCI Combustion with Split Injection, SAE Int. J. Engines, Vol. 7 No. 4, pp. 1900-1910 (2014).
(5-3) Mikami, M., Minato, K., Sagara, S., Sumida, Y., and Seo, T., Time-frequency characteristics of combustion impact and noise in a diesel engine with two-stage combustion, Proc. 9th Int. Conf. on Modeling and Diagnostics for Advanced Engine Systems, Paper No. B206 (2017).
(5-4) 小口瞳史, 湊高貴, 角田佳規, 瀬尾健彦, 三上真人,コンロッド仕様と燃料噴射時期がディーゼルエンジンの放射騒音特性に与える影響の調査,自動車技術会論文集,Vol. 50 No. 2,pp. 285 - 290 (2019).