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Vol.11 No.8

アンモニアを燃料とする火花点火エンジンの燃焼特性
Combustion in an ammonia-fueled spark-ignited engine
小池 誠、宮川 浩、鈴置 哲典((株)豊田中央研究所)

Makoto KOIKE, Hiroshi MIYAGAWA, Tetsunori SUZUOKI (Toyota Central R&D Labs., Inc.)

アブストラクト

 アンモニア(NH3)は燃焼速度が小さく、火花点火エンジンの多様な運転条件において安定燃焼を実現するためには補助燃料が必要である。水素(H2)は炭素を含まず、燃焼速度の大きい優れた補助燃料であり、NH3分解により必要な量のH2をオンボードで生成することも可能である。NH3は自着火温度が高いため、高圧縮比化が可能であり、過給条件下でも最適点火時期(MBT)で運転することができる。燃焼ガス中に含まれる窒素酸化物(NOx)はNH3の酸化過程で生成するフューエルNOxであり、点火遅角や希釈等の燃焼温度低減によるNOx抑制効果は期待できないため、量論混合気と三元触媒を組み合わせた排気浄化システムが適している。

はじめに

 液化NH3は体積当たりのH2密度が高く、H2のエネルギーキャリアとして注目されている。NH3はH2に戻さずとも脱炭素燃料として利用できる利点があり、火力発電所や船舶では既に具体的な検討が始まっている。表1はレシプロエンジンに関係する諸特性を示す。NH3は燃焼速度が小さく、自着火温度が高い特徴がある。高圧縮比化が可能であり、燃焼生成物の1/4が窒素(N2)で火炎温度が低いために比熱比が大きい。さらに燃焼前後でモル数が増加するなど熱効率に対して有利な特性を持つ。一方、過去のエンジン試験から、NH3単独による圧縮着火燃焼は極めて困難なこと、火花点火燃焼は安定燃焼可能な運転範囲が限られることが分かっており、補助燃料が必須と考えられている。

補助燃料による燃焼特性の変化

 図1はほかの燃料種と混焼した時の最適点火時期(MBT)と燃焼時期および図示平均有効圧力(IMEP)の変動率を示す。補助燃料の影響は点火時期に最も強く現れ、補助燃料を増やすほどMBTが遅角化する。H2は少ない補助燃料で安定燃焼が得られる利点があり、H2の発熱量割合を40%(体積割合47%)まで高めると、点火時期と燃焼時期はガソリンとほぼ同等になる。H2はNH3分解によって生成できるので、オンボード改質器を搭載すれば補助燃料を別途用意する必要はなくなる。NH3分解は吸熱反応のため、排熱利用によるNH3直接分解と自己熱改質式が検討されている(1),(2)。直接分解は排熱回収にもなるが、成立する運転条件が限定される課題がある。

ノッキングへの影響

 表1に示したようにNH3はほかの燃料に比べて自着火温度が高いため、高負荷では補助燃料を減らしてNH3割合を高くする方がノッキングに対して有利である。NH3混焼では負荷が高くなるほど燃焼安定化に必要な補助燃料の割合が小さくなる特徴があり、低中回転域の中負荷以上では補助燃料を供給しなくてもIMEPの変動率を小さく抑えられる。図2は加圧空気を用いた過給模擬試験によりNH3燃焼のノッキング抑制効果を調べた結果を示す。すべての条件でノッキング発生がなく、点火時期をMBTまで進角できるため、吸気圧力にかかわらず同じタイミングで熱発生と最大筒内圧力が得られていることがわかる。このときの最大IMEPは2MPaを超えており、過給による高トルク化に対して有利な燃料であると考えられる。

窒素酸化物の生成特性

 分子に窒素Nが含まれるNH3は燃焼過程で燃料からNOが生成される(フューエルNOx)。詳細反応モデルと2領域エンジンモデルを組み合わせて計算したエンジン筒内のNO反応過程は、火炎伝播過程で燃料から高濃度のNOが生成され、既燃ガス中で減少することを示している(3)。図3は既燃ガス中のNO変化を示したものであり、炭化水素燃焼とはNOの履歴に明らかな違いが見られる。NH3燃焼における既燃ガス中のNO減少はZeldovich反応が律速することから、点火時期に対しては進角側で排気NO濃度が下がる傾向がある。Fuel-NOの場合は希釈によるNO低減効果も多くは期待できないため、量論比と三元触媒による排気浄化が適していると考えられる。

まとめ

 本記事では火花点火エンジンにNH3を適用した時の特徴的な燃焼特性について概説した。NH3は補助燃料を必要とする点が最大の特徴であり、CO2排出ゼロ化にはH2との2燃料供給システムまたはNH3分解が可能な改質システムが必須と考えられる。一方、NH3燃焼には熱効率が向上できるポテンシャルがあり、量論混合気でノッキングの無い高圧縮比エンジンを実現できる可能性がある。排気ガスについては、NOxの大部分が燃料起因である点が従来と異なる。また本文では触れていないがNH3は低濃度でも刺激臭が強いため、NOxに加えてNH3を外部に放出させないシステムの構築が求められる。
 なお、本記事の一部は内閣府,総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の支援によるものである。ここに記し謝意を表する。

【参考文献】
(1) Koike, M., Miyagawa, H., Suzuoki, T. and Ogasawara, K., Ammonia as a hydrogen energy carrier and its application to internal combustion engines, Sustainable Vehicle Technologies (2013), pp.61-70, Woodhead Publishing.
(2) Comotti, M. and Frigo, S., Hydrogen generation system for ammonia-hydrogen fuelled internal combustion engines, International Journal of Hydrogen Energy 40 (2015), pp.10673-10686.
(3) 小池 誠, 鈴置 哲典, 宮川 浩、NH3-H2混合燃料を用いる火花点火エンジンの窒素酸化物に関する研究、日本機械学会論文集、Vol.86、No.884 (2020)、pp.19-00176、https://doi.org/10.1299/transjsme.19-00176