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Vol.12 No.2

ディーゼル機関の熱効率向上
-TAIZAC・逆デルタ噴射による後燃えと冷却損失の同時低減-
Thermal Efficiency Improvement of Diesel Engines
-Towards Simultaneous Reduction of Late Combustion and Cooling Loss with Inversed-Delta Injection Rate Shaping using TAIZAC Injector-
相澤 哲哉、嶋田 泰三
Tetsuya AIZAWA, Taizo SHIMADA
明治大学
Meiji University

アブストラクト

 カーボンニュートラル実現へ向けて内燃機関の熱効率向上を目指すAICEの研究の一例として、著者らの研究グループでは、後燃え(燃料噴射終了後から膨張行程に及んで続く緩慢な燃焼)および燃焼室壁面冷却損失の同時低減によるディーゼル機関の熱効率向上を狙い、逆デルタ噴射率コンセプトおよびこれを簡便に実現する研究ツールであるTAIZAC(直列2弁瞬時切替駆動式)インジェクタ(1,2)を開発してきている。本稿では、今回初めて実験的に捉えることに成功した逆デルタ噴射による火炎中の渦の発達、混合、熱発生の促進効果(2)と、今後の冷却損失低減の研究に有用と期待される赤外高速度カメラによる壁面温度・熱流束の新たな可視化手法(3)について概説する。

可視化による詳細な現象解明から新たな熱効率向上策の創出へ
高速高精細撮影で渦の発達、混合、熱発生を可視化

 逆デルタ噴射による火炎中の渦の発達、混合、熱発生の促進効果を可視化するため、高速高精細のレーザシュリーレン写真とOH化学自発光の同時撮影を実施した(図1)。シュリーレン撮影用のカメラは毎秒12万コマ、1280 x 704ピクセルの高速高精細で、今回の撮影では ピクセル当たり31μmという、ディーゼル火炎中の渦の挙動をとらえるのに十分な時空間分解能を実現している。 噴射系には第4世代TAIZAC(2)を用い、図中のグラフに青で示したG4P従来矩形噴射と、赤で示した逆デルタ噴射を比較した。高精細シュリーレン画像はFIV(Flame Imaging Velocimetry)と呼ばれる手法により解析し、流速ベクトルを取得した。

逆デルタ噴射は渦の発達、混合、熱発生を促進する

 動画1に可視化実験の結果を示す。上が従来矩形噴射、下が逆デルタ噴射である。間欠的に挿入される青色の画像はOH化学自発光(熱発生領域)である。初期燃焼期間においては、従来矩形と逆デルタに大きな違いは見られない。拡散燃焼期間に入ると、逆デルタでは噴霧外縁部に窪みが生じ、大規模渦が周囲空気を巻き込み、特に中流域で空気導入、熱発生が促進される。逆デルタでは熱発生が噴霧全体に分布するのに対し、従来矩形では噴霧先端に熱発生が集中する。逆デルタの速度ベクトルは、より強い渦がより広い範囲で維持される様子を示す。後燃え期間においては、逆デルタのほうが噴射期間が長いにもかかわらず、画像や燃焼期間に大きな違いはない。

動画1 逆デルタ噴射による渦の発達、混合、熱発生促進効果の可視化結果例

赤外高速度カメラで温度および熱流束の分布を時系列可視化

 逆デルタ噴射による冷却損失低減効果などについて調べるため、図2に示す赤外高速度カメラによる新たな壁面温度・熱流束の可視化手法 (3) を開発中である。定容容器に設置したTAIZACインジェクタの多噴孔ノズルの先端に軸上噴孔を追加工し、治具を用いて1本だけ抽出したディーゼル火炎を容器の反対側に設置した石英窓に噴孔から27mmの距離で衝突させる。石英窓には厚さ0.6ミクロンのクロム膜が蒸着してあり、火炎の輻射光を遮断しつつ、火炎壁面衝突で加熱されたクロム膜からの赤外放射を、現在世界最速の赤外高速度カメラで毎秒1万コマで可視化する。噴射圧の影響などの基礎検討にはG4Sインジェクタ、従来矩形と逆デルタの比較には第4世代TAIZACを用いている。

逆デルタ噴射は渦の発達、混合、熱発生を促進する

 動画2に可視化実験の結果を示す。左がクロム膜からの赤外放射、中央が同じ視野でクロム膜無しの透明石英窓を通して見た火炎、右が壁面衝突の様子を横から見た火炎である。左の赤外放射と中央の火炎は全く異なる挙動を示しており、クロム膜が火炎の輻射光をきちんと遮断できていることが分る。左の赤外放射は、火炎先端の壁面衝突以降、中央の淀み点から次第に明るくなり、放射方向にゆらゆらとたなびく筋状のパターンを示しながら、放射状に拡がることが分った。この筋状パターンの幅は 1mm のオーダー、ゆらゆらとたなびく周期は 1ms のオーダーであり、これらの筋状パターンが衝突火炎中の乱流構造に起因することを示唆している。

動画2 赤外高速度カメラによるディーゼル火炎衝突壁面からの赤外放射の可視化結果例

まとめ

 TAIZACを用いた逆デルタ噴射パターンの単気筒ディーゼル機関性能試験では、これまでにG4Pインジェクタによる従来矩形と比較して、排気性能を悪化させることなく、-2.2ptの大幅な冷却損失低減により、図示熱効率+1.5pt向上を観測している。今後は、TAIZACの更なる改良による逆デルタ噴射および初期噴射率立上がりの更なる急峻化、渦発達、混合、熱発生促進の現象理解に基づく熱効率向上に最適な噴射率パターンの策定、赤外可視化による壁面近傍の乱流熱伝達機構の解明と乱流制御による冷却損失低減、噴射時期やEGRの影響も考慮したエンジン性能試験などを進め、ディーゼル機関の熱効率向上を通じてカーボンニュートラル実現へ貢献したい。

【参考文献】
(1) 相澤 哲哉, “「後燃え」は今も続く”, JSAE Engine Review Vol.10, No.6 (2020).
(2) T.Aizawa, et al., “Vortex Development and Heat Release Enhancement in Diesel Spray Flame by Inversed-Delta Injection Rate Shaping using TAIZAC Injector,” SAE Technical Paper No.2021-24-0037 (2021).
(3) T.Aizawa, et al., "Infrared High-speed Thermography of Combustion Chamber Wall Impinged by Diesel Spray Flame," International Journal of Engine Research, First published online on April 2, 2021.