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Vol.13 No.5

新骨格と前倒し開発
Bland new Power Unit and move up the introduction
丸山 聖
Sei MARUYAMA
株式会社ホンダ・レーシング
Honda Racing Corporation

アブストラクト

 設計とは、理想と現実の間で折り合いをつけ、形あるものを生み出すという仕事である。本記事ではF1新骨格PU(パワーユニット)設計が限られた時間の中で、競争力のある車のためにどのように設計し、さらに信頼性を上げたのかを解説をする。また、前倒し開発がどのように行われたかについても説明する。

全く新しいパワーユニットを設計する
まず、最初に設計した燃焼室

 2018年シーズンが終わった。マクラーレンとの関係を解消し、新たにトロロッソと組んだ初めてのシーズン。兎に角必死で設計リーダーの任に当たった。それまでの数年間に比べれば手応えを感じるとともに、トップチームとの差を思い知らされた。来るべき勝負のために、全く新しいPUの構築が必要だった。総勢8名。少数精鋭の設計/計算検討チームが編成された。まず最初に取り掛かったのは燃焼室の設計である。全く新しい、高速燃焼と呼ばれる燃焼を手の内に入れつつあった。また圧縮比もレギュレーションの上限である18.0 : 1が視野に入っていた(図1)。これらに最適化させた燃焼室とはどんなものなのか。おぼろげながらにイメージは持っていた。それを3Dモデルにし、計算を駆使しながら細部形状を構築した。バルブの挟み角も高さも、スパークプラグの位置も角度も、インジェクタ配置もすべてを変更した。何度も寸法の調整はしたが、基本的なコンセプトに関しては迷いがなかった。「これが一番良いはずだ」という確信があった。皆が同じイメージを共有していた。

動弁とレシプロを形作る

 燃焼室(およびピストン冠面)の設計指針が決まり、周辺の動弁機構(図2)、レシプロ機構の設計に取り掛かると、一気に問題が噴出する。ここからが設計の腕の見せ所。あちら立てればこちら立たずという状況をどう高次元でバランスさせるのか? 例えば各部分の要求を並べてみると、バルブ径はなるべく大きくしたい、燃焼室はなるべく凹凸をなくしたい、プラグは真ん中に置きたい、ポートはなるべく曲げたくない、といった具合に各機能部位の要望を並べても、全く現実的な形は見えてこない。かといって、安易に過去のPUの寸法を真似することはしたくなかった。それが正しいとは限らないからだ。理詰めだけでは設計はできない。発想力がものをいう世界でもある。上記以外にも様々な折り合いの問題がある。これらの折り合いをつけるためにラフなモデル構築をしたり、計算をしたり。どうやってゴールに向かうか。どうやってリアルワールドにPUを産み落とすか。この部分を担うのが設計なのである。意外に思うかもしれないが、新骨格設計において、燃焼室周辺で最も頭を悩ませたものの一つがヘッドスタッドの配置と高さである。この折り合いをつけるために今までにない形状を設計し、加工方法も変えた。これら多くの構成部品が、納得できる折り合いを見つけることができたという達成感。外の方には理解されにくいかもしれないが、この瞬間が一番設計者らしい喜びを感じる瞬間である。

競争力のあるパッケージと諸元

 2019年春。燃焼室/動弁/レシプロの設計に目途がついた。V6エンジンの設計がようやく始まったころ、ギアトレイン(図3)の構想(マルが並んでいるだけ)やカムダンパの配置の構想図、その他数枚のラフスケッチを持ってレッドブルのオフィスを訪問した。PUがどんな形をしていたら、車体のどんな部分に貢献をしたり、邪魔をしたりするのかを話し合うためだった。ギヤトレインがどのように決まっていて、どんな部分に自由度があって、という話をこちらが始めると、そのような議論をするのは初めてにもかかわらず、レッドブルの設計はすぐにアイディアを思いついていたようだった。ものすごいスピードで議論が進んでいった。その後何度もPUのパッケージについて話し合った。PUが不利益を受け入れてパッケージするのではない。本当に高度なPUのシャーシへのインストール作業だった。一流の車体設計者の理解力、豊富なアイディア、バランス感覚、鋭い洞察力に大いに刺激を受けた。
 完成した新骨格と旧骨格比較写真(図4)にて、プレナムチャンバ配置および形状、カムカバー周りの剛性バーやフロントマウント周辺の造形、ウエストゲート配置、等がパッケージのために大きく変更された部位として確認可能である。
 新骨格での諸元を(表1)に記す。

信頼性という難題

 PUは壊れないように設計されているのがあたりまえ。そう発言できれば気持ち良いのだが、なかなかそうは言えない現実がある。F1 PUの運転環境は想像を絶するほど厳しい。PUと車体をつないでいる部分の振動Gは200Gを超え、数100気圧という圧力を受けてピストンは稼働する。シリンダブロックやシリンダヘッドの主要ボルトは少しでも計算を外すと引きちぎられる。可動部を包む構造体は設計配慮が少しでも足りなければたちどころに割れる。世界最高品質の配線コネクタも振動低減機構付きのホルダの設計配慮が足りなければ、容赦なく摩耗し断線を起こす。ありとあらゆるセンサは動作保障環境ギリギリで使用され常に故障と隣り合わせ。この中で壊れないようにするだけにとどまらず、レーシングPUである以上、より軽く、より小さく設計しなくてはならない。すべての設計に壊れないという確信をもてるわけではない。正直、恐怖を感じるときもある。特にクランクシャフトのジオメトリを決めるときは疑心暗鬼にもなる。もしこの設計が十分な強度を持っていなかったら、大変なことになってしまう。しかし、安全が担保された設計をしたら、大きく重くなってしまう。こういった設計を担当する設計者は重責を担う。熟練でなければならない。計算がすべての答えを揃えてくれるわけではないからだ。新骨格は、旧骨格に対し15%高い燃焼圧力に対応した上で1.5kgの軽量化を行った。

投入前倒し

 2020年秋、2022年投入予定だったPUを2021年に投入するという決定が下った。PUの開発は、投入するレースから逆算し、日割りで計画を立てている。各部門の綿密な連携が必要だからだ。これを一気に1年前倒す。冷静に考えたら課題は山積みであった。やっと耐久テストでマトモに走れるようになったような段階だった。車体パッケージも、2022年用の新しい車体へのインストールを想定していたので、すべてやり直しとなった。車体屋さんにも膨大な追加作業を強いる。しかし、前倒しを打診した会議で、即答でOKの返事が来た。そこからは兎に角全力で開発を進めようという、ただそれだけだった。加えて11月末、テストチームから新しいデバイスの提案が来た。例年であれば絶対不可能と答えるタイミングだった。しかし、我々に次はなかった。そのアイディア自体も2022年からの規則に抵触する。1年だけ使用が許されるデバイスだった。2021年正月、イギリスとイタリアにPUを送り出さなければならないタイミングだった。しかし、残念ながら送り出せるPUは完成していなかった。部品の供給が間に合わなかった。ここからは設計の出来ることは少なかった。ロジスティクスの担当、調達の担当、部品を組み立てる担当、出荷テストをする担当、本当に全力で遅れのリカバリーに動き、成し遂げてくれた。エンジニアだけではレースはできない。我々の組織の総合力が、いよいよ世界の頂点を目指すレベルになっていることを実感した。その後も、トラブルは続いた。準備不足の感は否めなかった。しかし、それらを奇跡のように潜り抜け、最終的にチャンピオンを獲得できた。

まとめ

 2021年、ドライバースチャンピオン、心から嬉しかった。設計者として見れば、自分たちが苦労して白紙の図面から形作った、大事な可愛いPUである。しかし、時間や色々な制約で盛り込めなかったアイディアもある。今になって思いついた新しいアイディアもある。これらを投入した新しいPUを作りたい。自分の気持ちはそちらに向いている。設計者はみなそうなのかもしれない。どんなに良いものを設計しても、それが現実のものになった瞬間、過去のものなのである。
 PUは世界チャンピオンになったが、自分が世界一の設計者になったという実感は到底ない。次はもっと良いPUが設計できるはず。そう信じて次のPUの構想を練ろうと思う。

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