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Vol.13 No.9

エンジン部品・潤滑油・トライボロジー
伊東 明美(東京都市大学)

Akemi ITO (Tokyo City University)

 エンジン部品・潤滑油・トライボロジーのセッションでは、新たな装置や手法についての6件の意欲的な内容が報告された。
 本田技術研究所の岩迫ら(1)~(3)からは新たに開発された機械式アトキンソンサイクルエンジンが紹介された。熱効率を向上させるためには圧縮比の向上および膨張比の向上が有効であるが、ガソリンエンジンの場合、前者はノッキングにより限界がある。本発表では従来のクランク機構を変更し、吸気・圧縮行程におけるストロークに対し膨張・排気行程におけるストロークを大幅に大きくすることができるエンジンが紹介された。図1にその機構を示す。サブクランクシャフトはメインクランクシャフトの半分の回転数で回転し、これによりスライディングレールが揺動する。その上をコネクティングブリッジに連結されるリングが摺動することで、ピストンのストロークを変化させている。熱効率のみならず、新設部品の信頼性、摩擦損失、エンジン振動など、およそ影響が現れそうな項目について緻密な調査がなされていた。燃料消費率の向上は10%を超えており、運動系部品点数の増加に伴うフリクションロスの増加をはるかに上回る効果が得られている。

 日産アークの沼田ら(4)は、油温80℃におけるNOxバブリングにより劣化させたオイルの添加剤の劣化を調査し、劣化油において摩擦調整剤MoDTCの効果が出現しない理由についての解析を行っている。MoDTCは摺動面の摩擦力を大幅に低減させることができる添加剤であるが、一方で寿命が短いことが課題となっていた。図2に、NOxバブリング後の劣化油を用いて実施した摩擦力測定結果を示す。新油(時刻0)では摩擦係数0.05程度であったものがNOxバブリング約20分後の劣化油では0.15を超える値まで上昇しており、摩擦調整剤であるMoDTCが機能していないことが分かる。

 図3にはMoDTCと極圧添加剤であるZnDTPがどの程度分解されているかを比率で表している。摩擦係数が上昇したNOxバブリング約20分の時点ではMoDTCはまだ2割程度が分解しているにすぎず、十分、低摩擦効果を発揮できる濃度であることが示されている。一方でZnDTPはこの時点で8割がた分解されていることがわかる。MoDTCはZnDTPからSをもらい金属表面にMoS2皮膜を形成することで低摩擦係数を示すことができる。本研究の結果は、オイルが劣化したときにMoDTC自体の劣化は緩やかであるが、MoDTCが反応皮膜を形成する際に必要とするSの供給源であるZnDTPの劣化が進むことで摩擦低減効果が出現しなくなったことを示している。(20236224)

 その他、アート金属の杉本ら(5)からは、ピストン挙動の計算や油膜の計算が必要なため大変な時間を有していたピストン摩擦平均有効圧の予測にAIを用いることにより、大幅な時間短縮に成功した事例が、ヤンマーホールディングスの八田らからは、摩耗進行に伴う摺動面形状の変化を考慮することで、滑り軸受の潤滑限界予測の精度向上に成功した事例などが紹介され、大変興味深い発表が並ぶセッションとなった。

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【参考文献】
(1)岩迫 昭大、岡田 義裕、酒木 崚、中西 啓太朗、船津 純矢、生友 良平:機械式アトキンソンサイクルエンジンにおける往復しゅう動機構の研究、自動車技術会2023年秋季大会学術講演会講演予稿集、No.20236223
(2)中西 啓太朗、高橋 研介、清水 航:アトキンソンサイクルにおけるピストンストローク特性の性能に及ぼす影響,自動車技術会2023年秋季大会学術講演会講演予稿集、No.20236224
(3)岡田 義裕、岩迫 昭大、溝上 彰悟、酒木 崚、中西 啓太朗:機械式アトキンソンサイクルエンジンにおけるエンジンフリクション・振動、自動車技術会2023年秋季大会学術講演会講演予稿集、No.20236225
(4)沼田 俊充、荒木 祥和、藤井 由利子、伊藤 孝憲、稲葉 雅之、中村 清隆:80℃のNOx バブリングによる劣化エンジンオイル中の添加剤劣化分析、自動車技術会2023年秋季大会学術講演会講演予稿集、No.20236226
(5)杉本 桂一、櫻井 渉、小林 邦彦:ピストン摩擦平均有効圧力のAI 予測手法の構築、自動車技術会2023年秋季大会学術講演会講演予稿集、No.20236227