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コラム

規格と基準について想う
Review and proposal through standardization activities in EV field
清水 健一
Kenichi SHIMIZU
本誌編集委員 / 早稲田大学
JSAE ER Editorial Committee / Waseda University

 地球温暖化対策として自動車の電動化が進められるにつれ、多様化するパワープラントの性能を比較できる評価方法の必要性が話題になっている。筆者は就職後まもなく通産省の電気自動車大型プロジェクトに参画し、大プロ終了後は普及活動の一環として電動車両関連の標準化活動に付き合ってきた。米国のZEV(Zero Emission Vehicle)法を機に始まったメーカーの本格EVの開発に合わせるように、EVの国際標準化作業も1990年代に再開され、今日に至っている。新しい分野の標準化作業に参加して気になってきたことについて述べたい。


(1) 規格と基準について
 分野によって傾向が大きく異なるが、基本的には、規格は技術的な指針を標準化するのに対し、基準は認証等の運用の指針を定めたもので、法的な効力を伴うことが両者の大きな違いであると理解する。理想的には規格の定めをベースにして、法的な運用を効率的に行うための取捨選択や微修正によって基準が定められるべきであるが、現実には製品の普及や普及のための必要性から、歩みの遅い標準化作業の結論を待たずに基準の制定が先行する場合が多く、標準化の作業で技術的な透明性に注力することが難しい局面に遭遇することも少なくない。
 例えば、第一種原付自転車の定義では、内燃機関が50cc未満の排気量と定められていて、技術の進歩によって出力を向上できるのに対し、電動機は出力600W未満として出力そのものが規定されている。連続定格600Wは家庭用の掃除機のレベルであるが、短時間にはこれを遙かに超える出力が可能な電動機を製品に使用することで実用時の課題が解決されている。このからくりは、産業用電動機が連続定格出力が重要であるのに対して、自動車駆動用の電動機は短時間の加減速時には大きな出力が要求されるものの、時間的に長いクルージング(連続定格に相当)では要求される出力がこれに比べて遙かに小さいことによる。


(2) エンジン/電動パワートレインの比較尺度は?
 電動機で構成される駆動系の出力を制限する要素は、電動機巻き線の絶縁材の耐熱温度、駆動する電池の出力特性、電動機を駆動するドライブ回路の耐熱性能などに依存し、電動機が出力できる大きさは出力の持続時間によって異なる。そのため電動機には時間定格と言う概念があり、自動車駆動用電動機としては、初期の標準化作業で、3秒定格(発進加速時のピーク)、10秒定格(追い越し加速時)、1分定格・3分定格(急坂路の走破)、10分定格(連続登坂路)、30分定格(高速道路の高速連続走行)などが、括弧内の負荷を想定した時間定格として議論され、この考えに則った性能評価試験法(ISO 8715 (1))などが制定されてきた。黎明期の電動車両に対しては、基本的な能力を記述する考え方を提供する意味で十分であったと理解している。しかし、種々な電動車両が市販され、従来のエンジン車との横並びの評価が消費者のためにも必要になってきた今日、景品表示の観点からも、種々のパワープラントの車両に対する汎用の評価基準が必須で、これには技術的な透明性の確保が重要であると考える。
 最大出力を例にとると、HEVに関しては、ISO 20762 (2) に追い越し加速時の最高出力を想定したものが制定されており、国連のWLTPでの様々なパワートレインの出力を規定する作業でもHEVに対してはこれに準じた検討がなされている。(従来のエンジン出力の認証基準であるUN R85 (3)(ISO 1585 (4)と同等)は、EVの電動機の30分定格出力を追加定義する修正がなされている)。欧州の最近のPHEV車に「システム出力」なる項目が散見されるのは、この流れによるものと理解できる。ひとまず目安にはなるが、エンジンの評価が十分な冷却の下での連続出力値であるのに対し、HEVは追い越し加速時のピーク出力に近いものである点など,技術的な透明性に疑問が残る面もある。これも、揺るがし難い認証基準が存在するためにゼロからの検討ができなかった結果のようにも見える。そのためか、別の方法を模索する動きもある。
 車両の燃費や電費の変遷をみようとすると、評価方法が何回か変わっているので簡単には比較できない不自由さがある。この意味で,試験法を安易に変えることのデメリットは理解出来るが、従来のエンジン出力試験法はそのままにして他のシステムと比較可能なものをゼロから新設すべきと感じるのは、筆者が工数を気にしない分野を歩いてきたせいであろうか?


(3) ドキュメントの背景の情報こそが重要であろう
 新しい分野の標準化であることから苦労した点がある。参考にしようと目を付けた既存の国外由来の基準がどのような技術基準でできたかを知りたいと思って、組織としてかなりの労力を払ったが、源流にたどり着けないものもあった点である。JISや、JISの形態に沿った国内の業界規格などには”解説”があり、ここに標準化の背景や審議時に問題になった点、最終的に原案に落ち着くに至った経緯などの記載があり、後日の改正時の作業を担う新たなメンバーに重要な情報が伝達できるばかりか、関連する新たな規格の検討時にも役立っているものと思う。これに対して、基準や国際規格等にはこれに相当する部分がなく、過去の情報は担当者の引退によってリセットされてしまう。業界規格の作成時には解説の重要さを若いメンバーに伝えてはきたが、老兵として参加している国内審議の会議で、最近、過去の国際規格の記載内容について問われることが多くなって、はっとした。規格作成作業はどうしても泥縄状態になりがちであることもあり、解説に相当する情報を整理する作業をしたことがなく、この情報は担当者の頭の中にしかないことにも気づかされた。国際規格に対しても、国内審議団体として解説に相当するものを残すべきであったと反省している。何かの機会に提案してみようと思うが、ボランティアの集まりに近い国内審議の会議の負荷の大きさからは、結果は自明なような気もしている。

【参考文献】
(1) ISO 8715:2001 Electric road vehicles — Road operating characteristics
(2) ISO 20762:2018 Electrically propelled road vehicles — Determination of power for propulsion of hybrid electric vehicle
(3) UN Regulation No. 85 Power Measurement of Internal Combustion Engines and Electric Motors
(4) ISO 1585:2020 Road vehicles — Engine test code — Net power