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事務局だより

JSAE島田
AI時代の「人間らしい一手」
A "human-like move" in the age of AI
島田 和弥
Kazuya SHIMADA
JSAE事務局
JSAE Secretariat

 年明けの1月5日、囲碁好きの事務局員島田は、日本棋院(囲碁の総本山)で開催された「打ち初め式」に、子供と一緒に参加した。

 打ち初め式は、日本棋院が囲碁ファン向けに毎年開催している新年恒例の行事である。ちなみに将棋では「指し初め式」と呼ばれ、同じ日に千駄ヶ谷の将棋会館で行われていた。

 昨年までは打ち初め式の様子が日本棋院のYouTubeチャンネルで公開されていた。今年も当初は公開予定だったようで、撮影時に公開の可否を尋ねられた際には「問題ありません」と回答していたのだが、なぜか今年は動画が公開されなかった。うちの子を含め、子どもたちが活躍する場面も多かったので、そのあたりに何か事情があったのかもしれない。

 日本棋院の動画としては公開されなかったものの、当日はテレビ局の取材も入っていたようで、以下の動画から当日の雰囲気を少し感じることができる。

 この日、特に印象に残ったのは、一力棋聖(当時)のコメントである。

 現在の囲碁界ではAIの存在が非常に大きくなっている。AIによって新しい定石が次々と発見され、その研究成果が実戦に取り入れられる流れが当たり前になった。AI研究の成果をどれだけ理解し、吸収できるかが勝負を左右する面もあり、最近になって囲碁を覚えた私からすると、何をやっているのかよく分からなくなることが多い。

 そうした流れはもはや止められない。しかし、その一方で、一力棋聖は「人間ならではの打ち方を見せていきたい」という趣旨の話をされていて、その言葉には深く共感した。

 うちの子の碁を見ていても、最近は「初手天元」に夢中になっている。黒番になると、いきなり碁盤の真ん中に石を打つことがある。囲碁は基本的に陣地を取り合うゲームであり、一般には辺や隅から打つのが効率的とされる。AIの評価でも、初手天元は決して有利な手とは言えない。

 それでも、「好きだから打つ」。

 そんな理由で盤上の常識から少し外れた一手を選ぶ姿を見ていると、どこかワクワクさせられる。効率や最善手だけではない、人間らしい発想や遊び心が、囲碁というゲームの魅力の一つなのだろう。

 さて、私が本誌にコラム(事務局だより)を書かせていただくのも、今回で3回目になる。

 これまでは何か書きたいテーマができたときに寄稿させていただいていたが、このたび局内の業務分担変更に伴い、私はER誌編集委員会の担当を離れることになった。そのため、本コラムの執筆もおそらく今回が最後になると思う。

 ER誌の事務局業務は、私が編集部門へ異動して以来担当してきたもので、振り返るとかなり長い時間をこの委員会とともに過ごしてきたように感じる。私は理学系の出身であり、工学分野の専門的な議論については十分に理解できないことも少なくなかった。しかし、専門家の皆様が熱意をもって語られる技術の話は、分からないなりにも実に興味深く、毎回刺激を受けていた。

 そうした場に事務局として関わることができたことは、私にとって非常に貴重な経験であり、何より楽しい時間だった。

 今後は担当者としてではなく、一人の読者としてER誌を楽しみにしていきたい。委員の皆様、執筆者の皆様、そして読者の皆様に心より感謝申し上げるとともに、ER誌のさらなる発展をお祈りして、本稿の締めくくりとしたい。

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