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5 トライボロジー

5.1 エンジン部品・トライボロジー(セッション番号49)

 エンジンの低摩擦損失化に対する要求が高まっていることや、燃費向上のための燃焼が摺動面の負荷を向上させることなどから、この分野のセッションの聴講者は年々増加の傾向にある。今回も、約200名の聴衆が集まる盛況であった。
 混合潤滑状態での摩擦損失低減や耐焼付き性向上が期待されるDLCコーティングを取り上げた研究が2件紹介された。
一件目では、日野自動車の佐藤らより、DLCコーティングをピストンピンに施し、コンロッド小端軸受け部の耐焼付き性の向上を図った事例が紹介された。厳しさを増す摺動面の焼付き防止に対しDLCは有効であるが、一方でオイルに含まれる摩擦調整剤の一種であるMoDTC存在下で異常摩耗が発生することが知られている。
 続いて二件目では、日本アイ・ティ・エフの大城らが、水素フリーのta-C膜やa-C:Hより水素含有量の少ないta-C:H膜では顕著ではないが、水素を多く含有するa-C:H膜では図5-1に示す通りMoDTCにより摩耗率が非常に増大することを示した。したがってMoDTCを含む潤滑油ではa-C:H膜は使いづらい。

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 一方で図5-2に示す通りta-C膜は製膜された表面に突起が多いために相手攻撃性が高く軟質材との摺動部には使いづらい。そのためta-C:H膜が注目されている。

 ta-C:H膜はta-Cと比較してやや硬度が低く、ラッピングを行うことで図5-3に示すような平滑な面を得ることができ、相手攻撃性を低減することができる。

 この効果をボール・オン・ディスク試験機により確認されており、図5-4のようにta-C:H膜ではta-Cと比較して相手材の摩耗量が少なくなっていることが示されている。

5.2 潤滑油・潤滑技術およびトライボロジー(セッション番号50)

 このセッションは燃料潤滑油部門委員会の企画によるオーガナイズドセッションである。この前の「エンジン部品・トライボロジー」を超える聴衆が集まり、各講演に対し活発な討論が交わされた。
 東海大学の倉辻らより、フォトクロミズムを用いてピストンリング周辺のオイルの挙動を観察した事例が紹介された。ガラスシリンダ外部から紫外光を照射すると、オイル中に溶解させているフォトクロミック色素であるスピロピランが着色され、その着色部をトレーサとして使用することができる。これにより図5-5のように、クランクアングルごとにオイルの挙動がどのように変化するかをとらえることに成功している。これらの結果から、スロットル全閉のような筒内圧が負圧になる運転領域では、オイルは合口を経由して燃焼室に流入することを示した。またオイルリングのアッパーレールの合口とセカンドリング合口の位置関係がこの油の流れに大きな影響を及ぼし、両合口が離れている場合には着色オイルがほとんど動かない緩やかなオイル上がりになっていることが示された。

 上述のようにピストンリングの合口の一致はオイル上がりに対し大きな影響を及ぼすが、東京都市大学の冨澤らは、ピストンリングを回転させる力に着目し、これを測定している。ピストンリングの合口に図5-6に示すようにカンチレバーを挿入し、そこに貼付したひずみゲージによりピストンリングに作用する回転方向の力を測定する仕組みである。測定されたピストンリングを回転させる力は、周期的に変動し、サイクル変動が少なかったことから、ピストンリングは周期的に作用する外力により回転していることが示唆された。

 図5-7には力の測定例とピストンの傾き角測定例を重ねて示す。これよりピストンリングを回転させる力は、ピストンの傾き角と緩やかな相関があることが示された。

 ヤンマーの小吹らからは、金属積層ガスケットの締結計算手法が紹介された。排気系によく使用されるメタルガスケットであるが、漏れ防止のためにガスケットの面圧分布の予測が重要である。計算された面圧は、ボルト近傍などでは、感圧紙で測定された面圧より高くなっていたが、実用上、十分な精度で面圧を予測することができている(図5-8)。実験値と計算値の乖離は、実測では感圧紙とそのための保護フィルムを用いて面圧分布を測定しているためそれらが緩衝材として作用し面圧が緩和されている可能性があること、ビード部の塑性ひずみを精度よく計算できるモデルになっていないことなどが原因と考えられる。

 神奈川大学のIshihamaらからは、オイル中の気泡生成メカニズムに関する研究が紹介された。オイル中の気泡は、油膜の計算を行う上で非常に重要である。図5-9に示すような装置を用い、オイル中に気泡が生成する様子を観察している。

 これにより図5-10に示すように、回転軸に付着する油膜は軸端の段付き部などで比較的大きいサイズの油滴に成長し、これがオイルの液面に引きずり込まれるさいに空気を抱き込み大きな気泡を生成していることが分かった。オイルの液面に落下する油滴のサイズが気泡生成に影響を及ぼすと考えられるため、計算により回転軸上の油膜厚さ分布の計算も行われ、遠心力が軸端の厚い油膜の生成に高い寄与度を有することなどが示された。(伊東)