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Vol.13 No.4

13,000rpmで発生するノッキングの撮影 ~チェンソー用エンジン開発の現場から~
Visualization for Abnormal Combustion of Small 2-Stroke Engine
衞藤 邦淑
Kuniyoshi ETO
株式会社 やまびこ
YAMABIKO Corporation

はじめに

 2ストロークエンジンのノッキングは4ストロークエンジンと特徴が異なるかもしれない。これに気付いたのは2015年に市場不具合調査でノッキングを意図的に発生させようとした際である。教科書を参考に実施した低回転数での試験やレギュラーガソリンよりオクタン価の低い燃料での試験ではノッキングは発生しなかった。いったい何故ノッキングしないのか分からないままにこの調査は終了した。その後、偶然にも開発機種の実用試験時に発生した破損調査の一環で筒内圧力を測定した際に、回転数が高いほうがノッキングしやすいことが判明した。しかし、筒内圧力だけを眺めていても理由までは理解できなかったので可視化に解決の糸口を求めることにした。

撮影した動画からノッキングの発生原因をイメージする
2ストロークエンジンを搭載したチェンソーの燃焼室を可視化仕様に改造して撮影

 動画を繰り返し見ることで、残留ガスの影響が大きいとの推察にたどり着いた。可視化では燃焼室形状に加工したアクリルを使用した。これにより、点火プラグを中心に配置しながらシリンダ上面からほぼ全面を撮影できる。動画1の開始(点火時期)から約10°後に左下の広範囲が自己着火し、圧力波がシリンダ内を往復する様子が確認できる。広範囲が自己着火していることからエンドガス部が圧縮されて自己着火したのではなく、残留ガスの影響で自己着火したと判断した。2ストロークエンジンはクランクケースとシリンダ内の圧力差によって筒内の既燃ガスと新気を交換するため、チェンソーの高回転数では排気量の半分以上の既燃ガスが残留してしまう。

Movie.1  チェンソー用2ストロークエンジン(ボア×ストローク = 51 mm×36mm、排気量73.5 mL、有効圧縮比7.2)を
13,000rpmで運転中に発生するノッキング(1)

2ストロークエンジンでの残留ガスと燃焼との関係(図1

 残留ガスが引き起こす異常燃焼として高回転数でプレイグニッションが連続して発生するランオンがよく知られている。回転数が高いと各ポートが開いている時間が短くなり新気量が減少し残留ガス量が増加する。この増加した残留ガスがプレイグニッションを誘発する。この異常燃焼を有効活用したのがATAC(Active Thermo-Atmosphere Combustion)である。一方で、通常は残留ガスが多くても回転数が低い条件では失火が発生する。これは新気量の少ないアイドルなどでの燃焼変動につながる。しかし意図的に冷却風量を減らしてエンジン温度を上昇させるなどすると低回転数でも連続的なプレイグニッションが発生する。このように2ストロークエンジンでは残留ガスの影響を常に考える必要がある。

高回転数でプレイグニッションが起点となって発生するノッキング

 チェンソーで実際に木を伐りながら筒内圧力を測定したところ、木を伐り始める前や直後の高回転数時にはノッキングとプレイグニッションが発生しているサイクルも含まれることが分かった。図2には木を伐っている途中の回転数に対応したサイクルのノック強度と燃焼開始時期をプロットしている。高回転数の領域で点火時期よりも先に燃焼を開始しているサイクルが多数存在している。これは、ランオン同様に回転数が高い領域では残留ガスが多い影響であると考えられる。また、動画1で右上の領域は中心のプラグから火炎伝播しているように見えるが、画像上で火炎が確認できるのは点火後1.6°のため、おそらくは右上の燃焼も自己着火であると判断した。

サイクル変動の中でのプレイグニッションとノッキング

 2ストロークエンジンの13,000rpmでは毎回燃焼できずに周期的な失火が発生する。これは残留ガス量がランオンするほどは多く無いが新気量が毎回燃焼するには不足している領域と考えられる。そのため図3に示すように周期的に失火と燃焼を繰り返す。Aで失火することでBは2回転分の新気が筒内に供給されるが残留ガスも多いので部分的な燃焼にとどまり、ようやくCで通常燃焼することで残留ガス温度が上がる為DではATACのような燃焼が発生する。これに対してノッキングが発生するサイクルでは比較的遅い燃焼B’によって次サイクルに高温の既燃ガスと未燃炭化水素がキャリーオーバーされることで動画1のような広範囲での自己着火につながると考えられる。

今後の課題

 未だに理解できていないことは、残留ガスの何が今回のような異常燃焼に影響しているのか、そしてプレイグニッションが発生していない10,000rpm前後で発生するノッキングは今回のものと何が異なるかの2点である。残留ガスは筒内平均ガス温度を上昇させるとともに偏在した場合は局所的な高温部が発生してしまう。また、残留ガス中には完全燃焼していない中間生成物が含まれている可能性がある為、これらが添加剤のように反応に影響することも考えられる。一方で、今回のようなプレイグニッションが発生していないノッキングも存在するため、その発生メカニズムも明らかにする必要がある。そして、最終的には有効な対策によってノック強度を低減したい。

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【参考文献】
(1)衞藤 邦淑、宮本 真義:2サイクルエンジンを用いた超高速運転時のノッキング筒内直接撮影、内燃機関シンポジウム2018シンポジウムテキスト、自動車技術会、p.1-8 (2018)
(2)衞藤 邦淑:2ストロークエンジンで超高回転数時に発生するノッキングの可視化、陸内協第19回技術フォーラムにて発表、一般社団法人日本陸用内燃機関協会機関誌LEMA第539号、p69(2020)
(3)衞藤 邦淑、吉崎 拓男、山口 史郎、澤田 俊治:Direct Injection 2-Stroke Engines International Workshop & Conference 発表資料、http://di2-stroke-engine.ifp-school.com/、2020年Session 1.1
【さらに学びたい方へ】
(2)富塚 清:二サイクル機関(1985)、養賢堂
コメント:2ストロークエンジン研究者の必読書である。序文の『二サイクル屋よ、大志を抱け』、『青年技術者よ、面白い研究領域を見逃がすな』の部分は是非読んでおきたい。
(1)飯島 晃良、吉田 幸司:基礎から学ぶ内燃機関(2022)、森北出版
コメント:ノッキングなどの可視化結果や燃料および化学反応が分かりやすく解説されている教科書であるため、ノッキングをこれから研究する際の入門書として