TOP > バックナンバー > Vol.15 No.5 > 材料研究の標準化に向けた自動粉末X線回折実験システム

Vol.15 No.5

材料研究の標準化に向けた自動粉末X線回折実験システム
Automation system for powder X-ray diffraction experiments towards standardization of materials research
四本 優斗、小野 寛太
Yuto YOTSUMOTO , Kanta ONO
大阪大学
The University of Osaka

アブストラクト

 材料開発において不可欠な粉末X線回折(XRD)実験は、個人間や機関間でのデータ取得条件のばらつきにより、再現性やデータ共有の標準化に課題があった。本研究では、ロボットアームと自動データ解析ツールを組み合わせ、試料調製から解析までを一貫して自動化するシステムを開発した(1)。これにより、実験者のスキルに依存しない再現性の高いXRDデータの自動取得を実現した。マテリアルズインフォマティクス(MI)時代において、高品質で標準化されたデータは新材料開発の加速に不可欠であり、本システムはデータ駆動型研究を促進する基盤技術として、材料研究の効率化と高度化に貢献することが期待される。

自動XRD実験システムの開発
材料研究における実験自動化の必要性

 磁性材料や触媒をはじめとする材料開発において、XRD実験は材料の結晶構造解析や含有相の定量に不可欠な手法である。しかし、試料調製から測定、解析までのプロセスは実験者の技量や経験に大きく依存しがちであり、測定結果が個人間や機関間で異なることが、再現性の確保やデータ共有の標準化における大きな障壁となっていた。特に近年のMIの進展には、質の高い大量の実験データが不可欠であり、従来手法での対応は困難さを増している。これらの問題を解決し、信頼性の高いXRDデータを安定かつ効率的に取得するため、試料調製からデータ解析に至る実験プロセス全体の一貫した自動化が重要である。

自動化システムの設計と構成

 本システム開発における重要な点は、従来のXRD実験の枠組みにとらわれず、プロセス自体を根本から再設計することであった。単に手作業を機械化するのではなく、「ロボットが最適に動作するための実験プロセスの再定義」という視点に立ち、既存XRD装置への改造は最小限に抑える基本設計方針のもと、システムを構築した(図1)。具体的には、6軸ロボットアームに、粉末表面の均一な平坦化や試料間汚染防止機構を持つ独自の多機能ロボット用治具(図2)を搭載した。この治具は3Dプリンタで製作したもので、測定サンプルの運搬から表面処理までを単独で担う。また、XRD装置の扉は、エアシリンダを用いて自動開閉を行う。

ロボットおよび自動解析ツールによる実験プロセス

 研究者による測定指示の後、ロボットアームが測定サンプルの調製を行い、XRD装置へ自動装填する(動画1)。測定シーケンスはPyAutoGUIライブラリを用いて既存のXRD制御ソフトウェアを自動操作することで実行される。得られたXRDパターンは即座に転送・自動解析され、リートベルト精密化をブラックボックス最適化として扱う自動解析ツールBBO-Rietveld(2)が、ベイズ最適化により広範なパラメータ空間を探索し複雑な構造解析を自動で行う。これにより実験者の経験に依存しない客観的かつ再現性の高い結晶相評価が迅速に可能となる。この準備から解析までの一貫した流れが、連続的かつ自律的な実験運用を可能にする。

Movie.1 自動XRD実験システムによる一連の動作デモンストレーション

自動化システムによる測定精度の検証

 開発した自動システムの測定精度を、酸化チタン混合試料(アナターゼ相・ルチル相)を用いて検証した。
 ロボットによる試料調製においても、手動調製と同等の定量精度が得られることを確認した。例えば、アナターゼ相を約51%含む標準試料の定量分析では、ロボット調製でも実験者による結果と同程度の再現性(標準偏差0.7%程度)を示した。さらに、手動調製では数百mgの試料が一般的だが、本システムではわずか3mgという微量試料でも、1%未満の標準偏差で信頼性の高い定量分析が可能であった。異なる組成比の混合試料に対しても、それぞれの相割合を正確に決定でき、本システムの高い測定信頼性が実証された。

まとめ

 本稿で報告したXRD実験の全自動化システムは、学術研究の進展はもとより、産業界における材料開発プロセスの高度化にも貢献しうる技術である。作業者のスキルに依存せず、微量試料からでも再現性の高いデータを取得でき、既存装置への導入も比較的容易であるため、企業における迅速な技術展開とデータ標準化の推進が期待される。本システムは、組織や分野を横断した高品質なXRDデータの共有基盤構築を促し、材料開発全体の効率と質を大幅に向上させる。今後、産学が密に連携し本技術の適用範囲拡大や共通プラットフォーム化を推進することで、データ駆動による新規材料開発が一層加速されることを期待する。

×

この記事(あるいはこの企画)のご感想、ご意見をお聞かせください。
今後のコンテンツづくりの参考にさせていただきます。

コメントをお寄せいただきありがとうございました。

職種

職種を選択してください

コメント

コメントを入力してください

閉じる
閉じる
【参考文献】
(1) Yuto YOTSUMOTO、Yusaku NAKAJIMA、Ryusei TAKAMOTO、Yasuo TAKEICHU、Kanta ONO、“Autonomous robotic experimentation system for powder X-ray diffraction” Digital Discovery 3、2523、2024.
(2) Yoshihiko OZAKI、Yuta SUZUKI、Takafumi HAWAI、Kotaro SAITO、Masaki ONISHI、Kanta ONO、“Automated crystal structure analysis based on blackbox optimisation” npj Computational Materials 6、75、2020.
【さらに学びたい方へ】
(1) 一杉太郎編、マテリアル×機械学習×ロボット : 進化するマテリアルズ・インフォマティクス(2024)
コメント:材料開発にロボット技術を活かす方法が具体的な事例とともに紹介されている。
(2) 西田麻美、産業用ロボット The ビギニング(2022)
コメント:産業用ロボットの仕組みや種類、構成要素、法令などの要点がまとめられている。