TOP > バックナンバー > Vol.15 No.5 > 直接サンプリング法を用いた壁面近傍における冷炎の構造および着火特性の解明

Vol.15 No.5

直接サンプリング法を用いた壁面近傍における冷炎の構造および着火特性の解明
Elucidation of the Flame Structure and Ignition Characteristics of Wall-Stabilized Cool Flames Using the Direct Sampling Method
周 萌、鈴木 雄二、李 敏赫
Meng ZHOU , Yuji SUZUKI, Minhyeok LEE
東京大学
The University of Tokyo

アブストラクト

 内燃機関の熱効率向上および環境負荷低減に向けて、燃焼の低温・希薄化が検討されている。このような条件下における長鎖炭化水素系燃料の初期着火段階では低温酸化反応が進行し、その結果として冷炎が生成される。しかし、特に壁面近傍における冷炎の挙動に関する知見は限られており、次世代内燃機関の開発に向けた解明が要求されている。これまでの冷炎に関する研究では、低温酸化反応により特徴的な生成の傾向を示すホルムアルデヒド(CH2O)が主な標的化学種とされてきたが、より詳細な調査には、冷炎中に存在する他の主要化学種の濃度分布や生成メカニズムの系統的な把握が不可欠である。本報では、直接サンプリング法を用いた壁面安定化冷炎の火炎構造、および着火・負の温度係数(Negative Temperature Coefficient; NTC)特性の解明に関する著者らの取り組みを紹介する。

実験システムおよび数値解析
壁面安定化冷炎の形成

 図1に実験系の概略を示す。出口内径10 mmの縮流ノズルから噴射した燃料・酸化剤混合気を、ノズル出口から15 mm離れた直径70 mm、厚さ3 mmの金属製加熱壁に衝突させ、壁面安定化冷炎を形成した。加熱壁は内蔵のワイヤヒータにより加熱され、壁温は内部に埋設したK型熱電対で測定した。火炎構造の計測時には壁温を700 Kに保ち、着火特性の計測時には550 Kから730 Kまで約0.16 K/sの速度で昇温した。また、表面反応の影響を最小限に抑えるため、原子層堆積(Atomic Layer Deposition; ALD)法を用いて加熱壁の表面に厚さ200 nmのAl2O3層を成膜した。燃料には、単純な分子構造を有しながら比較的高い低温反応性を示すジメチルエーテル(DME)を用い、酸化剤には酸素を使用した。DME・酸素混合気の平均流速は30 cm/sとし、当量比(𝜙)0.2の希薄条件下で実験を行った。実験系の詳細は既報(1)-(3)を参照されたい。

化学種の直接サンプリング計測

 既燃ガスは、内径250 μmのキャピラリーチューブを用いたサンプリングプローブで採取し、成分の同定には、飛行時間型質量分析計(Time-Of-Flight Mass Spectrometer; TOF-MS)を用いた。火炎構造の計測時には、保温自動ガスサンプラーにより一定量(0.03 ml)の既燃ガスを採取し、ガスクロマトグラフィー(GC)で分離した後、TOF-MSに導入することで、イオンサプレッションを抑制し、定量性を確保した。また、ノズル中心軸方向にサンプリング位置を走査することで、一次元濃度分布を得た。一方、着火特性の計測時にはサンプルガスをガスサンプラーとGCを介さずにTOF-MSに直接導入し、毎秒2回の速度で質量スペクトルを取得した。イオン化エネルギーと電流はそれぞれ20 eVおよび10 μAとした。計測の対象とした化学種は、DME、CH2O、一酸化炭素(CO)、二酸化炭素(CO2)、およびギ酸メチル(CH3OCHO)である。

詳細反応モデルを考慮した数値解析

 ノズルバーナと加熱壁から構成される実験系の中心軸上の燃焼場を模擬するため、一次元軸対称数値解析を行った。バーナ出口での混合気の流速は二次元数値解析の結果を援用し、トップハット型速度分布を考慮して41 cm/sと設定した。壁面の境界条件としては、滑りなし・表面反応なし・一定温度とした。火炎構造の評価には、近年Kurimoto、Wang、Yan、Damesらによってそれぞれ提案された4種類のDME詳細反応モデルを用い、一方、着火特性の評価にはKurimotoモデルのみを採用した。解析には、ANSYS CHEMKIN-ProのPremixed burner stagnation flameモジュールを用いた。

計測結果および考察
DME冷炎の火炎構造

 図2に、𝜙 = 0.2におけるDME壁面安定化冷炎中の主要化学種濃度の軸方向分布を示す。低温酸化反応による燃料の消費量は実験結果では約10%と見積もられるが、いずれのモデルもこれを過大評価する傾向を示した。反応領域は壁面から約2 mmにまで拡がるが、反応モデルによって燃料および生成物の濃度分布の予測値に相違が見られる。生成物の中ではCH2Oが最も高い濃度を示し、CH2OおよびCOの分布はKurimotoモデルと概ね一致する一方、他の3モデルはいずれも生成量を過大評価する傾向にある。CO2については、Kurimotoモデルが実験値より一桁低い濃度を予測するのに対し、Damesモデルは実験結果と良好に一致する。CH3OCHOの予測に関しては、Kurimotoモデルが過大評価する一方、他のモデルは過小評価する傾向を示しており、いずれのモデルも実験値を適切に再現できていないことが分かる。

DME冷炎の着火特性

 図3に、𝜙 = 0.2の条件下において、壁面からの距離0.6 mm、1.2 mm、1.8 mmの各位置で測定した質量スペクトルのピーク強度の温度履歴を示す。対象とする化学種には、前述の5種に加えてH2Oを含めている。壁温の上昇に伴う燃料の消費および生成物の発生温度・濃度変化の傾向は、数値解析結果と概ね一致する。一方、温度上昇に伴って見かけ上の反応速度が低下するNTC挙動の開始温度については、実験範囲内ではCH3OCHOにおいてのみ約690 Kで観察されるのに対し、数値解析ではDME、CO、CO2、H2Oにおいても710〜720 K付近でNTC挙動が予測される。また、CH2Oについては、数値解析において900 K以上の高温域に至るまで顕著なNTC挙動は示されない(図省略)。

考察

 図4に示すように、NTC開始温度は化学種によって異なり、対象とする化学種の中ではCH3OCHOが最も低い開始温度を示す。図5に、CH3OCHOの生成および消費に関与する主な反応経路の反応速度定数を示す。温度上昇に伴い、CH3OCHOの生成経路における反応速度定数は減少する一方で、消費経路との競合が顕著となることから、燃料のNTC挙動の出現に先行してCH3OCHO濃度が低下すると考えられる。一方、CH2Oについては、温度上昇によりQOOHラジカル(CH2OCH2OOH)の熱分解反応(QOOH → 2CH2O + OH)が活性化され、CH2Oの蓄積が進行するため、見かけ上NTC挙動は観察されない。

まとめ

 DME壁面安定化冷炎の火炎構造および着火特性を、直接サンプリング法とTOF-MSを用いて調査した。冷炎中の主要化学種の分布は、既存の詳細反応モデルにより概ね再現できるものの、一部の化学種においてはさらなる精緻化が必要であることが示唆された。また、壁温の上昇に伴う冷炎の着火過程では、化学種ごとに系統的に異なるNTC挙動が現れることが明らかとなった。今後、本研究をヘプタンのような長鎖炭化水素燃料の冷炎に適用するとともに、冷炎が形成される加熱壁に金属薄膜を形成して壁面の化学的活性を制御することで、よりエンジン燃焼系に近い条件下での燃焼特性の評価へと展開し、次世代内燃機関の開発に資する基盤的知見の獲得を目指す。

×

この記事(あるいはこの企画)のご感想、ご意見をお聞かせください。
今後のコンテンツづくりの参考にさせていただきます。

コメントをお寄せいただきありがとうございました。

職種

職種を選択してください

コメント

コメントを入力してください

閉じる
閉じる
【参考文献】
(1) Minhyeok LEE、Yong FAN、Christopher B. REUTER、Yiguang JU、Yuji SUZUKI:DME/Oxygen wall-stabilized premixed cool flame、Proc. Combust. Inst.、37 (2019) 1749-1756.
(2) Minhyeok LEE、Yong FAN、Yiguang JU、Yuji SUZUKI:Ignition characteristics of premixed cool flames on a heated wall、Combust. Flame、231 (2021) 111476.
(3) Meng ZHOU、Minhyeok LEE、Yiguang JU、Yuji SUZUKI:Spatial distribution and temporal evolution of wall-stabilized DME/O2 premixed cool flames、Combust. Flame、271 (2025) 113814.
【さらに学びたい方へ】
(1) Yiguang JU、Christopher B. REUTER、Omar R. YEHIA、Tanvir I. FAROUK、Sang Hee WON:Dynamics of cool flames、Prog. Energy Combust. Sci. 75 (2019) 100787.
(2) Yiguang JU:Understanding cool flames and warm flames、Proc. Combust. Inst.、38 (2021) 83-119.
コメント:冷炎の燃焼特性に関する研究動向およびその解明に向けた取り組みを概説したレビュー論文。