TOP > バックナンバー > Vol.15 No.6 > 小型2ストロークサイクルエンジンへの水素燃料の適用
カーボンニュートラル社会の実現に向け、当社製品である手持ち式の草刈り機、チェンソ、ブロアなどの小型作業機(図1)においてもCO2を排出するエンジンからバッテリへの電動化が進んでいる。規模の小さな圃場はバッテリで賄えるが、過酷で高負荷な長時間の作業が必要なプロ向け作業機では、すべてを電動化することは困難である。2ストロークエンジンの重要な利点は、その優れた出力対重量比であるが、環境に対する意識が高まる中、化石資源で駆動するエンジンには将来的な展望は薄い。2ストロークエンジンの優れた特徴を維持しながら、脱カーボンに寄与する水素エンジン試作について紹介する。
CO2削減のためには燃料消費の削減や代替燃料の使用が重要な要素である。エンジンの脱炭素燃料として、バイオ燃料、合成燃料(eFuel)、水素燃料、アンモニア燃料が近年盛んに検討されている。代替燃料としてのエネルギーコスト、ライフサイクルアセスメント(LCA)を考慮すると、エネルギー含有量が高く、ほぼ無尽蔵に利用できる水素は優れた解決策の一つである。100%水素燃焼のエンジンの排ガスは無害な水となる(図2)。水素エンジンの別側面のメリットとして、水素は燃料として燃やすだけなので、燃料電池(Fuel Cell)の様な高純度の水素を必要としない。
水素燃料は低密度で点火範囲λが広いことが特徴である。残留ガスが多くても点火しやすいので、2ストロークエンジンに適した燃料といえる(表1)。
試作機コンセプト人が手で持つ小型作業機器では小型、軽量、高出力を特徴とする2ストロークエンジンが今も主流である。試作機(CE800H2)は80cc単気筒のブロア用のエンジンをベースに用いた(図3)(表2)。小型2ストロークエンジンのメリットを保ち、シンプルでコストに優れた構成の観点から、圧縮行程前の筒内への低圧直接噴射を採用した。異常燃焼制御と出力に重点を置くと、直接噴射は水素エンジンの不具合を防ぐ最適なソリューションになるが、高圧での直接噴射はコストと水素タンク圧の有効利用範囲が限られる点が欠点となる。シンプルで小型な手持ち式作業機器の場合、搭載できる水素タンクサイズに制限があり、運転時間延長のためにも低圧での可動は重要である。
水素燃焼の問題点とその解決
水素は、その広い着火限界と低い着火エネルギーにより、燃焼室内の既燃ガスやヒートスポットが着火源となり、自着火現象が発生する。シリンダの最大圧力が上死点前に発生するプレイグニッション(図4右)では、燃焼圧によるカウンターでコンロッドが損傷したり、高温と高圧でスパークプラグが溶損する(図5)深刻なダメージを受けることになる。このような燃焼を抑制することが重要である。
異常燃焼を回避するアプローチとして、CFD解析で燃料の導入位置とタイミングを見直し、水素充填プロセスを改善した(図6)(動画1)。また、排気開角の拡大とオフセットクランクの採用、ブローダウンの最適化チューニングを施し、水素燃料での安定運転を可能とした。そして、慣性吸気を利用し、ガソリンと同等の出力も確保できた。
水素のエンジン燃焼では水素の酸化反応中に、吸入空気中の窒素が反応して窒素酸化物が多く生成された。窒素酸化物の量は燃焼温度に依存する。触媒の利用など、窒素酸化物の低減は今後の課題である。また、微量のHC、COとCO2の炭素系のエミッションが検出された(表3)。これはエンジンの潤滑油由来のものである。2ストロークエンジンは掃気孔と排気孔が同時に開口するタイミングがある構造上、掃気損失がある。そのため化石燃料では、排気孔に混合気がショートカットする炭素系のエミッション悪化が欠点であった。水素燃料では炭素系のエミッションを大幅に低減することができた。
試作機のテストで水素燃料を使用して安定した動作を確認した。小型作業機器への水素燃料の適用は実用性があることが分かった。実用化にあたり、水素タンク、安全機能、タンクの水素充填など、調査および開発の必要があるトピックはほかにもたくさんある。完全なカーボンニュートラル達成のために、バイオオイルの利用で炭素系エミッションの解決を今後図る。水素エンジンは現況のコスト試算ではガソリンエンジンよりも高価となる見込みであるが、環境汚染や地球温暖化の問題解決に寄与する技術である。シンプルで安価な2ストロークエンジンでの水素運転は可能であり、小型、軽量、高出力の特徴を生かしたさまざまな用途での使用が想定される。
Movie.2 試作機の試運転(H2タンク圧1MPa未満)
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