TOP > バックナンバー > Vol.15 No.6 > スーパー耐久レース用H2 エンジン
カーボンニュートラル社会の実現には電動化以外にもマルチパスウェイで可能性を広げることが重要で、水素を燃料とした内燃機関も選択肢の一つである。この水素エンジンを耐久レースを通じて性能限界を引き上げて量産車両へフィードバックすることを目指している。水素を燃料とするため、「水素の特性」を把握することが重要で、水素が燃えやすい特性から発生する異常燃焼の抑制が開発の鍵となる。またガソリンエンジンの90%以上の部品を流用できることで、既存産業を維持するポテンシャルを有しており、普及に向けた開発を進めている。
表1の物性値から最小点火エネルギーがガソリンの10 分の1 以下と着火しやすく、燃焼速度も5 倍以上と速い。そのため希薄混合気でも着火・燃焼が可能である一方で図1に示す点火タイミングよりも早く自着火するプレイグニッションと呼ばれる異常燃焼が引き起こす過大な筒内圧により、設計許容度の超過や吸気工程中の着火による燃焼ガスの逆流により、吸気系が高温高圧ガスに晒される背反を併せ持つ。図2には素反応計算を用いた温度・圧力に対する着火遅れの等高線を示す。水素は高圧場での着火遅れが長くノッキングしにくい特性であるものの、低圧高温場では着火遅れが非常に短いのが特徴。
「スーパー耐久で開発する水素エンジン」目的は量産化であることから、量産車であるGR カローラでも使われているガソリン用1.6L のL3 ターボエンジン(G16E)をベースに水素エンジン化を実施。ガソリンエンジンから約90%の部品を共通化できることが水素を燃料とした内燃機関が既存産業を維持できるポテンシャルを有していることを示している(図3)。
「異常燃焼の要因と抑制」
異常燃焼の現象毎の要因を一つ一つ解明することができれば抑制することができる。下記に異常燃焼の現象毎に解説する。
(1) バックファイア
水素と燃料が予め混合されたポート噴射仕様で生じ、燃料が吸気工程で燃えて筒内圧は上昇せず燃焼ガスは逆流して吸気系が高温高圧ガスに晒される(図4)。着火源は高温残留ガスや筒内高温物への接触などがあり、対応として筒内直接噴射仕様や残留ガス低減、排ガス再循環EGR が有効である。
(2) 暴走型プレイグ プレイグが生じると着火時期がサイクル毎に早期化し、連続した過大筒内圧が生じる現象を指す。可視化ENG で点火プラグの高温部で熱面着火を確認した結果、ガソリンエンジンでも同様に起こりえるが水素はより低い温度で発生する(図5)。高温になりやすい部品の冷却を強化し温度を下げることが有効。
(3) 散発型プレイグ
不規則に上死点付近で発生することから圧縮によるガス温上昇により発生する。高温部として点火プラグの碍子とねじ部の隙間に滞留する残留ガスが着火源と推定される(図6)。残留ガス量を減らすために可変バルブタイミング機構でバルブオーバラップを拡大することで掃気を向上させることが有効。
(4) 噴射同期プレイグ
水素が筒内に直接噴射された直後の圧縮工程初期にプレイグが発生して過大な筒内圧に至る。圧縮初期は大気圧付近で図2 の左下の位置し着火遅れ時間が非常に短いことと高温部との接触により発生(図7)。例えば気流に乗った水素が高温のEX バルブに接触して発生。対策には水素噴流を下向きにして高温部との接触回避することが有効(図8)。
水素を燃料とした内燃機関は、ガソリンエンジン部品の90%以上を共通できることで、既存産業の維持に貢献できるマルチパスウェイの一つとして期待される。実現に向けては燃料としての水素の特徴を把握し、異常燃焼のメカニズムを解明し、メカニズムに即した対策をすることでスーパー耐久参戦した2年で出力24%と航続距離33%を向上することができた。ただし、上述以外のオイル起因やスパークプラグの残留電荷などほかにも異常燃焼の要因は多岐にわたるため、異常燃焼に一つ一つ立ち向かい、対策することでより高出力、高効率な水素エンジンを開発し、CN 社会の実現に貢献していきたい。
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