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Vol.15 No.6

水素焚き大型舶用2ストローク機関の開発
Development of a Hydrogen-Fueled Marine Two-Stroke Engine
阿部 優大、須山 達夫、石橋 亮佑
Yudai ABE, Tatsuo SUYAMA, Ryosuke ISHIBASHI
株式会社三井E&S
MITSUI E&S Co., Ltd.

アブストラクト

 国際海事機関(IMO)が国際海運からのGHG排出を2050年までにネットゼロとするGHG削減戦略を採択したことを皮切りに、海事業界でも脱炭素化に向けた動きが加速している。水素は、二酸化炭素を排出せず毒性がないといった利点を持つ一方で、燃焼速度が非常に大きく、最小着火エネルギーが極めて小さいといった従来の燃料とは異なる燃焼特性を持ち、水素エンジンの開発において課題となっている。三井E&Sは、ライセンサーであるEverllenceと共に、外航船の主機として一般的な大型舶用2ストローク機関を用いた水素燃焼運転を世界で初めて成功させた(1)。本報では、当試験の概要と水素の燃料利用可能性について説明する。

水素焚き舶用2ストローク機関
水素燃焼方式

 燃焼安定性とエミッションの観点から最適な燃焼方式を決定するため、拡散燃焼方式と予混合燃焼方式を比較した。各方式のコンセプトを図1に示す。拡散燃焼方式は、上死点付近でパイロット燃料を噴射して種火を作り、その後に水素ガスを噴射して燃焼させる方式で、噴射率によって燃焼制御が可能である。よって、安定した燃焼が期待できるが、理論混合比で燃焼するためNOxが多く生成されることが懸念される。予混合燃焼方式は、圧縮行程で水素ガスを噴射し予混合気を形成させ、上死点付近でパイロット燃料を噴射し、着火・燃焼させる方式である。これは、希薄燃焼によりNOxを低減できるが、過早着火等の異常燃焼が発生する可能性がある。

テストエンジン

 水素燃焼試験の実施にあたって、重油焚きの4気筒テストエンジン4S50ME-T9.7の1気筒を水素焚きに改造した。水素シリンダは、天然ガス焚き二元燃料機関「ME-GI」(2)をベースとするデザインを採用した。エンジン仕様を表1に、エンジン全体、シリンダ上部の外観を図2・3に示す。水素シリンダは、水素を主燃料とし重油をパイロット燃料とする水素モードと、重油のみを燃料とする重油モードの二つのモードで運転できる。水素シリンダ以外のシリンダは、通常の重油焚き機関と同様に運転する。本試験では、水素の噴射タイミングを調整することで、拡散燃焼方式と予混合燃焼方式の両方の水素燃焼試験を実施した。

燃焼試験結果および考察
予混合燃焼方式

 予混合燃焼方式では、過早着火の可能性を踏まえ、25%負荷、水素混焼率0%から試験を開始し、過早着火が確認されるまで水素混焼率を増加させた。図4は、過早着火が観察された水素混焼率5%程度における筒内圧力と熱発生率を示す。20サイクルの平均値と過早着火が確認された1サイクルの結果を併せて示している。過早着火が生じたサイクルは、パイロット噴射前の圧縮行程で着火している。わずかな水素混焼率でも水素の最小着火エネルギーが小さいため、シリンダ壁面の潤滑油が予混合気の着火源となったと推測される。したがって、低速2ストローク機関において水素燃料に対し予混合燃焼方式を適用することは、非常に困難といえる。

拡散燃焼方式

 拡散燃焼方式の、100%負荷、水素混焼率90%強の筒内圧力と熱発生率を図5に示す。筒内圧力は重油モードと概ね同等であり、水素によって重油同様の運転が可能であることが確認された。熱発生率は水素モードの方が燃料噴射終了時に急激に低下しており後燃えが少ないが、これは水素の燃焼速度の速さによるものと考えている。また、図6・7に示すように水素モードは重油モードより高効率、高NOxの傾向が確認できた。併せて実施した3D-CFDによるシミュレーション結果(図8)から、水素は重油よりも火炎の拡がりが速く、高温場が広範囲にわたって分布しているため、それに伴いThermal NOxがより多く発生したと考えている(3)

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まとめ

 本報では、水素焚き大型舶用2ストローク機関の開発状況について紹介した。水素は燃焼安定性の観点から拡散燃焼方式が適しており、その燃焼速度の速さのため熱効率において有利であることが分かった。しかし、燃焼温度が高くNOxを多く排出するため、今後はNOx低減に向けたEGR等の有効性について検討を進めていく計画である。また本試験では、新設した水素供給設備の運用も行っており、ここで得られた水素の貯蔵から供給、利用までのノウハウをさらに深め、海事産業におけるGHG削減に貢献していく。本内容は、国土交通省の「海事産業集約連携促進技術開発支援事業」に採択された事業の一環として実施されたものであり、深く謝意を表す。

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【参考文献】
(1) 世界初大型舶用エンジンでの水素燃焼運転に成功、三井E&S、https://www.mes.co.jp/press/2024/0307_002399.html
(2) 島田一孝、村上高弘: 排ガス規制対応代替燃料利用技術、日本マリンエンジニアリング学会誌、Vol. 51、No. 3 (2016)、pp. 20-23.
(3) Yudai ABE, Tatsuo SUYAMA, Ryosuke ISHIBASHI, Johan SJÖHOLM, Simon RINGSTED: Verification of a CFD Model on Hydrogen Combustion in a Large Marine Two-Stroke Engine, CIMAC Congress 2025 Zurich, Paper No. 41 (2025).