TOP > バックナンバー > Vol.15 No.8 > ディーゼル火炎衝突壁面における輻射伝熱の抽出可視化
カーボンニュートラル社会の実現に向け、内燃機関の熱効率向上が求められており、特に燃焼室壁面への熱損失低減が重要な課題である。筆者らはこれまでに、赤外高速度サーモグラフィという新たな計測手法を確立し、ディーゼル火炎衝突壁面熱伝達の可視化を行ってきた。一方で、壁面冷却損失に占める対流および輻射熱伝達の寄与度については、現象理解が不十分である。本研究では、赤外高速度サーモグラフィにより輻射伝熱を実験的に可視化し、輻射伝熱現象の全体像把握を試みた。
動画1に実験装置概略を示す。内面にクロム膜を蒸着したガラス窓にディーゼル噴霧火炎を衝突させ、輝炎の放射をクロム膜で遮断しつつ、火炎で加熱されたクロム膜からの赤外放射を窓の裏側から世界最速の赤外線高速度カメラ(毎秒1万コマ)で撮影すると、動画2(中央)に示すような周期的に揺動する放射筋状パターンが観察される(1)。さらに、クロム膜付き石英窓の上に長波長側の赤外透過特性に優れたフッ化マグネシウム(MgF2)ガラス基板を設置し、噴霧火炎とクロム膜との直接接触による熱伝達を遮断することで、MgF2ガラス基板を透過する輻射伝熱成分の抽出時系列可視化を試みた。
Movie.1 噴霧火炎衝突壁面赤外高速度サーモグラフィの装置概要
動画2(中央)は、MgF2ガラス基板無しで噴霧火炎が直接衝突するクロム膜からの赤外放射を捉えたものであり、「対流熱伝達」と「輻射伝熱」の両影響を含み、火炎衝突淀み点付近から放射状に周期的に揺動する筋状パターンを呈する。一方、右のMgF2ガラス基板を通して撮影された「輻射伝熱」の抽出動画では、このような筋状パターンは見られず、左の輝炎の挙動と対応して視野域全体が均質に温度上昇し明るくなっている様子が伺える。
Movie.2 輝炎および赤外放射強度の時系列可視化
赤外高速度カメラにより撮影された赤外放射画像は、電気炉を用いた校正により温度分布時系列画像に変換し、これを境界条件とする三次元非定常熱伝導解析を行うことで壁面熱流束分布時系列画像が求められる。動画3は、対流熱流束成分を青色、輻射熱流束成分を赤色で疑似カラー表示したものである。噴霧衝突前(0~0.5ms)は、火炎の壁面接触による温度上昇に先行して輻射によりクロム膜が加熱されるため、全熱流束に占める輻射(赤)の寄与度がほぼ100%である。一方で、燃焼期間後半では輻射(赤)の寄与度は低下し、対流熱伝達(青)が支配的になっていくことがわかる。
Movie.3 対流および輻射熱流束分布
図1上部に、全熱流束(対流+輻射)および輻射熱流束の時系列可視化画像、下部に視野径内平均熱流束を示す。本実験の条件下では、φ30mmの視野径内全熱流束に占める輻射の寄与度は、噴射開始から5msまでの期間の時間積算値で約50%程度となった。これは先行研究で報告されている値よりも大きく、輻射伝熱の寄与の重要性が高いことが示唆される。
ディーゼル火炎衝突壁面における熱伝達現象の可視化により得られた結果は、熱損失現象の更なる現象理解に重要な知見を与え、数値シミュレーションの予測精度向上や冷却損失低減手法の検討に繋がることが期待される。今後の展望として、輝炎および気体分子輻射の寄与度を明らかにするため、新たな分光スペクトル計測および赤外高速度可視化手法を開発中である。また、噴霧火炎中の渦構造に起因すると考えられる熱流束の筋状パターンについても、実験と数値解析の両面から検証を進めている。本研究において、クロム膜成膜に助言・協力を頂いたWayne State Univ. Prof. Marcis Jansonsおよび二光光学株式会社に深謝申し上げる。
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