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Vol.15 No.8

メソスケール金属固体の摩擦発熱による焼付き現象解明に向けた SPH シミュレータの開発
Development of SPH simulator to understand seizure of mesoscale solid metal due to the friction heat
藤田 晃徳、杉村 奈都子、鷲津 仁志
Akinori FUJITA , Natsuko SUGIMURA , Hitoshi WASHIZU
兵庫県立大学、鹿児島工業高等専門学校
University of Hyogo , National Institute of Technology Kagoshima College

アブストラクト

 現在、AICE では東京都市大学の三原雄司教授のもと「摩擦損失低減に資する材料表面および潤滑技術の研究」というテーマで9研究機関の12研究室が研究を推進している。乗用車ガソリン、重量車ディーゼルにおけるピストンとクランクの摩擦損失の32%低減を目標としている。この中で、焼付モデルの提案を当研究グループでは担当しており、最終的には、SPH(Smoothed Particle Hydrodynamics)法に基づく3D詳細モデルにより、ミクロのメカニズムに基づく高精度焼付モデルを開発し、それを各社において1Dモデルに落とし込んで実機検証することを目標としている。2024年度は、アルミ系材料における焼き付きの初期過程を解析可能なSPH シミュレータを開発し、フラッシュ温度の発生を確認できた。この活動が評価され、2024年度 AICE 活動表彰を受けた。本報では、シミュレータの基本コンセプトおよび解析事例について紹介し、実機・実現象との関連付けについての展望を述べる。

シミュレータの基本コンセプト

 トライボロジー現象(摩擦・摩耗・焼き付きなど)を材料のボトムアップ、すなわち原子や分子のレベルから計算機上で扱おうとすると、電子レベルにおける量子化学計算、原子レベルにおける分子動力学法などが代表的な手法となる。しかし、実現象は図1に示すように、表面粗さを有する金属表面において、真実接触面において塑性変形などが生じ、摺動に伴い発熱し、最終的には摩耗粉が生成し焼き付く。その際、表面の酸化や分子吸着による物理・化学的性質の変化も考慮しなければならない。このような複合的な現象を扱うためには、分子動力学法では時空間スケールが小さすぎる。そのため、当研究室では原子運動の射影の概念(原子の集団の位置や運動を一つの仮想粒子として表現すること)を元に、粗視化粒子によるシミュレータの開発を行った。計算手法は SPH (Smoothed Particle Hydrodynamics) 法に基づき、表面状態が変化しない弾性体モデルと、塑性流動も可能とする弾塑性体モデルの二種類のシミュレータを開発した。

弾性体モデルと弾塑性体モデル

 弾性体モデル(1)では、基本的な弾性体の力学モデルを作成し、熱輸送も加味できるように拡張し、粒子の異方性も扱えるようにした。また、原子レベルからのボトムアップ(粗視化)の手法として、分子動力学の結果として得られる表面間ポテンシャルをSPH シミュレータに射影し、各種酸化物の摩擦挙動の違いを再現することに成功した。さらに、離散粒子法 (DEM) で扱う潤滑粒子も扱うべく拡張した。
 弾塑性体モデルでは、弾性体モデルよりも一般的な塑性流動の取り扱いも可能とし、摺動に起因する塑性流動および焼き付きを模擬することに成功した(2)。二つのシミュレータのいずれも、理化学研究所の牧野グループによって開発された、粒子シミュレーションの汎用並列化プラットフォームであるFDPS (Framework for Developing Particle Simulators)(3)上に物理モデルを実装している。これにより、大規模並列計算が可能となっている。

エンジン主軸受材料におけるフラッシュ温度

 焼き付きの起点となるのは、真実接触面の摺動に起因する発熱であり、この現象は古くからフラッシュ温度として報告されてきた。一方、これを物理学的に記述するのは困難であった。本研究では、均一な突起モデルと、不均一な突起モデルを作成し、塑性流動発熱と熱拡散の過程を調べた。図2図3にそれぞれ発熱および塑性領域の分布の経時変化を示す。図2から、しゅう動による高温発熱および熱拡散が進行すること、また、不均一モデルでは、より凹凸の大きい領域から大きな発熱が発生することがわかる。また、図3から接触面積が小さく応力集中する部分から塑性流動発熱が生じると考えられる。
 上下の材料を変化させて同様の計算を行うと、熱伝導度と比熱の関係から、チタンのように摺動面に熱がこもる材料や、アルミニウムのように系全体に熱が広がる材料があることなどがわかってきた。今後は、より現実的な表面形状を有する系において、酸化の影響といった多様な表面状態を考慮できるモデルへと拡張すること、たとえば金属表面の酸化の具合を分子動力学で求めてそれを粗視化粒子の硬さや粒子間力に反映させるようなモデルの拡張を検討している。

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【参考文献】
(1) Le Van Sang et al., EPL (Europhys. Lett.) 122, 2, 26004 (2018)., Le Van Sang et al., ASME. J. Tribol. 142(9): 091702 (2020)., Le Van Sang et al., Tribology Online, 15, 4, 259-264 (2020)., Le Van Sang et al., Trib. Intl., 135, 296-304 (2019)., Le Van Sang et al., ASME. J. Tribol. 144 (1): 011901 (2022).
(2) Natsuko SUGIMURA, et al., J. Comput. Sci., 82, 102325 (2024).
(3) Masaki IWASAWA et al., PASJ, 68, pp54-1 - 54-22 (2016).