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Vol.15 No.8

簡便な燃焼室デポジットの厚み計測法の開発
Development of a simple method for measuring the thickness of combustion chamber deposits
大草 見斗、田中 光太郎
Kento OKUSA , Kotaro TANAKA
茨城大学
Ibaraki University

アブストラクト

 二酸化炭素排出量を削減するため、高膨張比ハイパーリーン燃焼技術や筒内遮熱材料による冷却損失低減技術などが研究されている。これらの高効率燃焼技術の実現には、EGRなどの積極的な導入が検討されることになるが、一方で燃焼室周辺へデポジットが生成し、想定外の圧縮比増加によるノッキングなど高効率燃焼技術の阻害要因となる。そこで、本研究では、燃焼室デポジットの中でもピストン頂面に生成するデポジットに着目し、燃焼室デポジットの厚みを予測可能なモデル構築を最終目標として研究を推進している。本稿では、燃焼室デポジットの厚み予測モデルの検証用データとなるデポジットの厚みを計測するための手法を構築したので、それらについて報告する。

燃焼室デポジットの厚み計測法の構築
研究背景と目的

 火花点火機関の二酸化炭素排出量削減に向け、高圧縮比化による理論熱効率の向上や、希薄、希釈燃焼による冷却損失低減に向けた研究が推進されている(1)。さらに、水噴射による熱効率向上を狙う研究も進められている(1)。一方で、EGRや水噴射を行うと、燃焼室周辺へデポジットが生成し、想定外の圧縮比増加による異常燃焼が高効率化の阻害要因となる。燃焼室デポジットの生成メカニズムについては燃焼室内の位置によって変化し、吸排気バルブやピストン頂面を対象に研究が進められてきた(2)。ピストン頂面に焦点を当てると、既往の研究から、燃料の部分酸化物や潤滑油が生成の要因となっていることが明らかになってきた(2)。しかし、圧縮比の変化に寄与するデポジットの厚みの変化に着目した研究はほとんどない。
 そこで、本研究では、燃焼室内でもピストン頂面に着目し、ピストン頂面に生成するデポジットの厚みを予測するモデルを構築することを目的とした。研究は、ピストン頂面のデポジット生成メカニズムを基に厚み予測モデルを構築する東京科学大学、生成したデポジットの成分分析を行う産業技術総合研究所、そしてエンジン実機を用いて燃焼室デポジットの加速生成実験を行い、その厚みを計測する茨城大学の3者で進めている。本報告では、エンジン実機のピストン頂面に生成したデポジットの厚みを簡便に計測する手法を確立し、厚み計測を行うことに成功したことから、それらについて記述する。

燃焼室デポジットの厚み計測法

 実機ガソリンエンジンのピストン頂面に生成したデポジットの生成量を計測するために、ギャップセンサを用いた厚み計測手法を構築した。ピストン頂面に生成したデポジットの厚さを計測する手法の概略図を図1に示す。ピストン頂面上の同じ位置を常に計測できるように、点火プラグ取付穴に固定できる測定用治具を製作した。測定用治具は外周ガイドと内周ガイドを使用し、外周ガイドを点火プラグ取付穴に固定し、外周ガイドに取り付けた内周ガイドをスライドできるようにした。内周ガイドの先端にはギャップセンサ(PF-03、株式会社電子応用)を取り付け、ギャップセンサの先端をデポジットが生成したピストン頂面に押し当てることで、デポジットの厚さを計測した。ギャップセンサは電磁誘導を用いて物体間の距離を測定していることから、ピストンの材質や周辺物質の透磁率に影響を受けて出力が変化する(3)。デポジットは主に反磁性体である炭素から構成されている一方で、空気は常磁性体である。常磁性体は反磁性体よりも透磁率が高いことから、ギャップセンサとピストン頂面の間にデポジットが存在する場合に、デポジットの透磁率の影響を受け出力が変化する。この特性を利用しデポジットの厚みを計測した。ギャップセンサの出力と厚みの相関を予め取得する必要があることから、デポジットを模擬した複数の厚さの異なるカーボンシートを挟むことでギャップセンサの校正を実施した。得られた校正結果を図2に示す。ギャップセンサの出力電圧と厚みは線形に変化し、この校正直線を用いて実機のピストン頂面に生成したデポジットの厚みを計測した。

実機エンジンを用いた燃焼室デポジット加速実験と厚み計測結果

 これまでの火花点火機関を用いた燃焼室デポジットの研究結果に基づく仮説から、運転条件を選定した。既往の研究では、燃焼室内で燃料や潤滑油の部分酸化物が温度の低い壁面に凝縮・吸着することでデポジットの原料となるとされている。そして、壁面温度が上昇することで壁面に付着したデポジットの原料の重合・架橋反応が促進され,固体のデポジットが生成する手法が提案されている(4)。そこで、初めにデポジットの原料となる燃料、潤滑油消費量の多い高回転・低負荷・低水温にて定常運転(運転モード1)を行うことでデポジットの原料を生成させた。そして、条件を変更し低回転・高負荷・高水温で定常運転(運転モード2)を行うことで、生成したデポジット原料の重合・架橋反応促進を狙った。最後に、エンジンを停止し、凝縮水を発生させた。これは我々のグループの研究成果から、凝縮水を発生させると重合・架橋反応が促進されることが示されているためである。実験は運転モード1で1日に5時間運転し、3日間連続でデポジットを生成させる場合と、運転モード1(表1)を4時間、運転モード2を1時間の合計5時間の運転を1日に行い、これを3日間連続で実施してデポジットを生成させる場合の2種類の運転で燃焼室デポジットを生成させた。燃焼室デポジットの厚みを5時間ごとに計測した。また、燃焼室内にファイバースコープを挿入し、ピストン頂面に生成したデポジットの様子を観察した。実験用エンジンには、行程容積2.5 L、圧縮比12の4気筒直噴ガソリンエンジンを用いた。燃料にはハイオクガソリンを用い、潤滑油は0W-20を用いた。厚み計測と燃焼室内の観察は1番と3番気筒を用いて行った。
 運転モード1、2で生成したピストン頂面のデポジットの様子を表1表2にそれぞれ示す。運転モード1の場合、気筒によらず、燃焼室デポジットはピストン周囲から中心部に向かって生成することが確認された。そして、中心部は金属面が確認されるが、運転時間が長くなると徐々にデポジットが生成した。一方で、運転モード2で重合・架橋反応の促進を狙った場合、ピストンの周囲からデポジットが生成することは運転モード1と同じであったが、中心部にも茶色いデポジットが生成した。提案されているメカニズムの通り、原料となる燃料の部分酸化物や潤滑油を高温環境下に晒すことにより、重合・架橋反応が進行し、デポジットが生成したものと考えられる。この実験において、表1表2の観察写真の中央部にギャップセンサを押し当て、厚みを計測した結果を図3に示す。運転モード1では、時間の経過とともにデポジットの厚みが増加したが、運転モード1に運転モード2を加えると、厚みの変化が運転時間に対して線形に増加せず、増減を繰り返しながら生成していることが確認された。今後は、さらに長時間の運転を行い、生成するデポジットの厚みの時系列変化を取得して、ピストン頂面に生成するデポジットの生成メカニズムを明らかにするとともに、予測モデルの構築を進めていく。

まとめ・今後の展望

 ピストン頂面に生成するデポジットに着目し、その厚みを計測する手法を確立した。ギャップセンサを用いることで燃焼室デポジットの厚みを計測することに成功し、ピストン頂面のデポジットは運転モードの違いで、生成の仕方が異なることがわかってきた。これらの成果は、産業総合技術研究所、東京科学大学、そして、AICEの参加企業の皆様と協力して得たものである。困難なデポジットの加速実験を実施し、企業の研究者と協力をしながら燃焼室デポジットの厚みの時系列変化を取得することに成功した点、さらに、それらのデータを燃焼室デポジットの成分分析を行う産業技術総合研究所やモデル構築を行う東京科学大学と共有し、三者の協力の基にモデルを構築しようとしている研究活動に対し、AICEから評価をいただいた。今後は、さらに運転時間を長期化して、デポジットの厚みの変化を明らかにしていく。そして、燃焼室デポジットの厚み予測モデルの検証用データとして用い、最終的にデポジットの厚み予測モデルの構築を目指す。得られた知見から燃焼室デポジットの生成抑制法についても検討をしていく。

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【参考文献】
(1) 飯田 訓正、横森 剛、津江 光洋、北川 敏明、小酒 英範、三好 明、森吉 泰生:高効率ガソリンエンジンのためのスーパーリーンバーン研究開発、日本燃焼学会誌、Vol. 61、No. 197、p. 178-192 (2019).
(2) 江崎 泰雄:エンジンデポジットの性状解析、日本燃焼学会誌、Vol. 56、No. 178、p. 308-316 (2014).
(3) 武平 信夫、田中 章雄、浅田 孝夫:うず電流形センサと測定対象導体間に作用する電磁力の解析、電気学会論文誌A、Vol.105、No. 10、p. 517-524 (1985).