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Vol.16 No.1

第4章 激動と発展の時代(1985年前後-2000年前後)
- 大事なことは、何をしたいかという、意志であり意欲だ -
The Era of Turbulence and Advancement (circa 1985–2000)
野口 勝三
Katsumi NOGUCHI
本田技研工業株式会社/本誌編集委員
Honda Motor Co.,Ltd/JSAE ER Editorial Committee

アブストラクト 一人ひとりの熱い夢や想いを積み上げながら、新しい価値を創造していった時代

 3階の南フロアでは、新しい製品が次々と誕生した時代の裏側にあった、壁や逆境に立ち向かう挑戦の物語を紹介している。
エンジン開発とモータースポーツ活動の変遷を、開発現場の視点から振り返るものである。フラグシップモデル「レジェンド」に搭載されたV型6気筒エンジンの開発、F1活動におけるターボおよび自然吸気エンジンの技術革新、可変バルブタイミング・リフト機構「VTEC」搭載エンジンのリッター100PSへの挑戦、そしてスーパースポーツカーNSXにおける最高技術の結集など、ホンダが直面した技術的課題とその克服の過程を記述する。各時代の代表車種やエンジン技術の進化、現場での挑戦と創意工夫を通じて、新しい価値創造の歴史を筆者が開発当時体験した振り返りも含め紹介する。

フラグシップLEGEND(1985-) ホンダ量産初V6エンジン

 1985年11月に発売されたホンダのフラグシップモデル「レジェンド」(図1)には、同社初となる量産V型6気筒エンジンが新規開発され搭載された。このエンジンは、筆者が入社して最初に開発担当したエンジンである。エンジンの幅と高さのバランスを最適化するため90度のVバンク角を採用し、クランクピンには30度のオフセットを設けることで等間隔燃焼を実現している。搭載されたエンジンは、排気量2.0LのC20A型および2.5LのC25A型の2種類であり、いずれも1本のカムシャフトで吸排気4バルブを駆動するSOHCヘッドを採用している。インテークマニホールドをVバンク間にレイアウトすることでエンジン全体のコンパクト化を図り、シリンダヘッドの形状は横から見ると「おむすび」に似ていることから「おむすびヘッド」と呼ばれていた。動弁系にはSOHC1カム4バルブのスイングアーム方式を採用し、排気側はプッシュロッド(図2)でロッカアームを駆動するという独創的なアイデアが盛り込まれている。また、高性能を追求した市販乗用車として、静粛性とメンテナンスフリー性を両立するため、ハイドロリック・ラッシュ・アジャスタ(油圧タペット)が採用された。さらに2.0Lエンジンには、低速トルク向上を目的として、超ロングでカタツムリのような形状を持つ可変管長インテークマニホールドが採用されるなど、数多くの新技術が投入されていた。その後、1987年に2.7Lへの排気量拡大、1988年にはガソリン量産車として初めて可変ベーン機構ターボを採用した2.0Lウイングターボエンジンが登場した。さらに1990年にはDOHC VTEC化と3.0Lへの排気量アップが行われ、後述するNSXへと技術が継承されている。

第2期F1参戦(1983-) ウイリアムズFW11B(1987)、マクラーレンMP4/4(1988)、MP4/6(1991)

 1983年のF1第2期活動開始から、ホンダはF1用1.5L V6ツインターボ・エンジンの開発を継続し、1987年にはRA167Eエンジンを開発した。このエンジンはウイリアムズホンダFW11B(図3)に加え、アイルトン・セナが所属するロータスにもエンジン供給を開始した。FISA(国際自動車スポーツ連盟)は、高出力化競争に歯止めをかけるべく、それまで無制限であったターボチャージャの過給圧を最大4.0barに制限した。しかしホンダは、さらなるパワーアップを目標とする技術戦略を立て、燃料の気化性を考慮し適温に制御する吸入空気温度コントロールシステムを新規導入し、充填効率向上と高回転・高圧縮技術の進化により、予選時に1000馬力超を達成。この年のシーズン全16戦中11勝、初のダブルタイトル獲得によりホンダエンジンの技術的優位性を証明した。1988年、マクラーレンホンダ MP4/4では、図4右に示すゼッケン No.12 を駆るアイルトン・セナと、同チームのアラン・プロストの両ドライバーにより、全16戦中15勝という圧倒的な成績を収め、この年のF1を席巻した。この快挙はホンダ製V6ターボエンジンRA168Eの高い性能に支えられていた。翌1989年にはF1のエンジン規定が大幅に変更、ターボエンジンが禁止され、以降は全車3.5L自然吸気(NA)エンジン搭載となった。この年のMP4/5(動画1)はNAエンジンに刷新となり、V10のRA109Eを搭載している。将来的にはV12への発展を視野に入れつつ、高回転・高出力思想に基づいたエンジンであった。このRA109Eは、エンジン規定が大幅変更されたにもかかわらず高い競争力を維持し、コンストラクターズとドライバーズのダブルチャンピオンを獲得した。1991年にはV12エンジンRA121Eを搭載したMP4/6(図4左No.1、動画2)が投入され、ホンダ可変吸気管長システムを採用し、12気筒の課題であった重量は軽量化により、V10比で5.5kg軽量化された154kgのエンジン質量を実現した。この年もコンストラクターズとドライバーズのダブルチャンピオンを獲得している。

Movie.1 MP4/5 RA109E V10
(動画提供:本田技研工業)

Movie.2 MP4/6 RA121E V12
(動画提供:本田技研工業)

INTEGRA(1989) 世界初 量産乗用車VTECエンジン リッター100PSへ挑戦

 1989年、ホンダは量産乗用車用エンジンとして世界で初めて、バルブタイミングとバルブリフトを同時に切り替える可変バルブ機構「VTEC(Variable Valve Timing & Lift Electronic Control System)」(図5)を実用化し、1.6L直列4気筒DOHCエンジンB16AとしてINTEGRAに搭載した。VTECは、高回転域での高出力性能と低回転域での扱いやすさという、従来は両立が困難であった特性を同時に実現するために開発された革新的な技術である。筆者はこのVTECエンジンの開発に携わることが出来たので、その当時を紹介する。開発現場で初めてVTECのロッカアーム現物を見た際、詳細構造を確認したくなり触っていると、内部のスプリングやピンが飛び出してしまい、なかなか元に戻すことが出来ず、焦った記憶がある。恐らく同様な状態になり、困った人多かったのだろう、数日後にはロッカアームをアッシー状態に固定する治具が作成された。当時のホンダでは、新技術開発が積極的に推進されており、新開発エンジンの必要条件として、世界初や世界一の新技術導入が求められていた。本エンジンの目標出力はリッター当たり100PSであり、4サイクル量産乗用車NAエンジンとしては当時世界最高の出力である。排気量1.6Lで160PS/7800rpm、レッドゾーン8000rpmという高回転化の課題も克服しなければならなかった。このエンジンの製品化にあたっては、高回転対応を含む複数の新技術が開発され、各種課題の検証・克服を経て、量産乗用車として初めてVTECが実用化された。また今回の探訪時、Honda Collection Hall(HCH)に展示されていた車両は、初代VTECエンジン搭載車両INTEGRAの後、1995年に発売されたINTEGRA TYPE R(図6)の車両である。排気量1.8L 200PS/8000rpm(リッター111PS)で、量産エンジンでありながらヘッドポート研磨を手作業で行うなど、徹底した高性能化が図られている。VTEC技術は進化を続け、1991年にはSOHCエンジンで燃費向上を目的としたVTEC-Eが開発された。このエンジンは吸気バルブの片側を休止させることでリーンバーン(希薄燃焼)を実現し、低燃費・低排出ガスを達成した。さらに1995年には低・中・高回転域切り替えの3ステージ化、2003年には、V6の片側バンク3気筒を休止するVTEC-VCM(気筒休止)など、軽自動車から後述するスポーツカーNSX、HEV車など、ホンダのほぼすべてのエンジン骨格に適用されている。

スーパースポーツ初代NSX(1990) 最高技術を結集した自然吸気 V6エンジン

 「NSX」は“ニュースポーツX”を意味する。ホンダが初めて創り上げた本格的スーパースポーツカーである(図7)。コンセプトは「快適F1」。それまでのスポーツカー概念を超える新世代スポーツカーとして、高性能と快適性の高次元両立であった。ミッドシップレイアウトによる後輪駆動、量産車として世界初となるオールアルミモノコックボディの採用など、当時の最先端技術が結集された。そして、最終的にエンジンには3L V型6気筒DOHC・VTECエンジンを採用することとなった。NSXのデビューを約1年後に控えた1989年に、上述の世界初可変バルブタイミング・リフト機構であるVTECがINTEGRAに搭載されて発売された。DOHC VTECという新技術が手の内にあるのに、ホンダの最高技術を結集した新時代のスポーツカーがSOHCで良いのかという議論が行われ、急遽SOHCからDOHC VTECに変更する決断が下された。筆者はVTECエンジン開発のため、INTEGRAの開発から急遽NSX用VTECエンジンの開発を担当することとなった。新技術を多数取り入れた、非常に困難な短期間での開発であったが、幼少期にミニカーで遊んでいた憧れのスーパースポーツカーに乗れ、それだけでなく自らの手で創り上げ、世に送り出すことができる、非常に誇らしい業務であった。NSXに乗り込みエンジンを始動すると、ミッドシップレイアウトのため、背後からエンジン音が直接伝わってくる。全開加速を開始すると、低速カム(LowVT)によるトルク感のあるスムーズな走りが得られ、更に全開加速を続けると高速カム(HighVT)に切り替わり、音が澄み切った甲高いVTECサウンドへと変化する。同時に、加速感が高まり、伸びのある加速を維持したまま、スムーズにレッドゾーンまで吹け上がる。スポーツカーとしての性能評価の一環として、高い横Gに対する走行検証も実施している。その際、エンジン性能の限界に達する前に、ドライバー側が先に限界を迎えることもある。また高回転化対応として、NSXではF1技術のチタンコンロッドを採用しているが、アルミコンロッドなども含めて高回転域まで応力および温度計測の評価を行い、軽量高強度のチタンを選定している。当時の計測技術では、高速運転中におけるコンロッドの応力および温度を高精度で計測することは困難であり、新たな計測技術を導入し、計測手法の改良を繰り返しながら評価を実施した。そのチタンコンロッドは、「チタコン」と呼ばれ、鍛造成形性や切削加工性の向上を目的として、新たにTi-3Al-2V合金が開発された。さらに、表面硬化処理技術としてCrN-PVDコーティング処理が確立され、これにより量産化が実現している。従来の鋼製コンロッドと比較して、1本あたり約190g、約30%の軽量化を達成し、この軽量化による往復慣性力の低減は、エンジンの回転限界を約700rpm引き上げる効果をもたらした。加えて、更なる軽量化のため、インテークマニホールドのチャンバー部やシリンダヘッドカバー、トップカバーには、アルミニウムよりも比重の小さいマグネシウム合金が採用された。レッドゾーン8000rpmという高回転域での信頼性確保のため、クランクシャフトには高強度材が用いられ、ウルトラフィニッシュ加工による鏡面仕上げが施されている。この鏡面仕上げ技術は、フリクション低減にも寄与している。NSXの開発においては、世界各地の多様な道路環境における走行性能と快適性を検証するため、各地で走行テストが実施された。筆者はアメリカでの走行テストには参加したが、ニュルブルクリンクサーキットやドイツアウトバーンなど、ヨーロッパでの走行テストには残念ながら参加できなかった。完成したNSXの国内マニュアルトランスミッション(MT)仕様エンジンは、当時の国内自主規制による最高出力上限値である280PSを7300rpmで達成している。NSXの生産にあたっては、専用工場が栃木県に新設され、車両は従来の量産ライン方式とは異なり、1台ずつ手作業で組み立てられた。さらに、完成した車両には、実際のコース走行を含むNSX独自の完成車検査が実施されており、極めて高い品質と卓越した完成度を備えたスーパースポーツカーである。

Movie.3 NSX1990
(動画提供:本田技研工業)

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【参考文献】
(1) Honda Collection Hall(HCH ホンダコレクションホール)
https://www.mr-motegi.jp/collection-hall/
(2) モビリティリゾートもてぎ
https://www.mr-motegi.jp/
(3) 出典:本田技研工業株式会社(動画提供)
(4) 本田技研工業75年史
(5)本田技研工業 Honda企業情報サイト