TOP > バックナンバー > Vol.16 No.3 > 赤外分光が拓くディーゼル機関冷損低減の新展開
世界最速の赤外高速度カメラを分光器と独自に組み合わせ、壁面に衝突するディーゼル火炎中のすす、CO2、H2Oの赤外発光スペクトルの高速(10kHz)時系列計測を実現し、これらの輻射の壁面冷却損失への寄与を初めて実験的に明らかにした。輻射に占めるすす、CO2、H2Oの寄与は同程度でいずれも重要であり、サイクル中の時期、波長域、火炎と壁面の間のEGRガスによる輻射の再吸収などで変化することが明らかになりつつある。壁面冷却損失は火炎と壁面の接触による対流熱伝達が主体という従来認識を見直し、未解明のまま過小評価されてきた輻射に注目することは、壁面冷却損失の低減、ディーゼル機関の熱効率向上への糸口になるかもしれない。
前報(1)でも紹介した通り、クロム膜付きガラス壁裏面からの赤外高速度サーモグラフィにフッ化マグネシウム(MgF2)ガラスパッチを適用した壁面熱流束の輻射抽出可視化(動画1)により、従来認識とは異なり、ディーゼル火炎衝突点近傍では輻射が冷損の50%を占めることが示されている。一方で、ディーゼル火炎内の輻射源について、これもまた従来認識とは異なり、CO2やH2O等の気体分子がほとんど(98%)ですすの寄与は小さい(2%)とする先端的数値解析による先行研究(2)が報告されている。重要であるにもかかわらず正体不明な輻射源を、実験的に突き止める必要があると考えた。
Movie.1 ディーゼル火炎衝突壁面輻射熱流束の抽出可視化
これまでサーモグラフィ可視化に用いてきた赤外高速度カメラを分光スペクトル計測に応用するため、カナダのカメラ製造元技術者の協力を得つつ、分光器との専用アダプタを学生が自ら設計製作した。一般的な可視域と異なり選択肢が限られる中で必要な光学部品や関連機器を国内外から収集し、波長校正には岡山大学河原先生のHe-Neガスレーザを借用させて頂くなど、課題克服のためには国際的、多面的な対応が必要であった。結果として世界初の貴重な実験データを取得でき、その解釈に際しては上述の先端的数値解析による先行研究[2]で知られる米国ペンシルベニア大学Prof. Daniel Haworthとの複数回の議論を通じて検証を進めた。
Movie.2 赤外高速度カメラと分光器の組み合わせによる赤外分光スペクトル計測
計測された赤外発光スペクトル(動画3)の波長域に関する特徴はHaworthらの数値解析[2]とよく一致し、奥行方向の波長軸に色別に示す通り、すす、CO2、H2Oによる発光を判別・同定することができた。一方で、縦軸の発光強度についての計測と数値解析の比較から、燃焼中に火炎から壁面へ到達する輻射エネルギーはすすが7割を占めること、実験で計測されたすす発光強度はHaworthらの予測値より2桁明るいことが分かった。また、横軸の時間に対する化学種毎の発光強度変化を見ると、すすは噴射開始後1~3msの燃焼中のみ発光するのに対し、CO2やH2Oは燃焼前後も発光し続けていることがわかる。
Movie.3 壁面衝突ディーゼル火炎からの赤外発光スペクトルの時間変化
火炎と壁面熱流束の挙動を時系列画像で比較したのが動画4である。上段の画像ですすの発光(オレンジ色の輝炎)が見える期間に対応して、中段の画像に示すように壁面が輻射によって加熱されており、燃焼中は確かに輻射エネルギーの7割を占めるすすの発光が支配的に見える。しかし、CO2やH2Oに対応しそうな均質一定な輻射熱流束が明瞭には観測されない一方で、熱流束値としては低くとも長期間に渡り光り続ければ、サイクル全体での冷却損失には影響を与えるかもしれない。また、火炎中のCO2やH2Oからの輻射は、壁面に到達する前に火炎と壁面の間のEGRガスによる再吸収などで変化することが、実験的にも明らかになりつつある。現象解明は未だ道半ばである。
Movie.4 壁面衝突ディーゼル火炎の様子と輻射及び対流熱伝達による壁面熱流束
2024年12月の研究着想から、装置の設計、製作、実験、解析、考察、Prof. Haworthとの議論、2025年11月の国際燃焼シンポジウム論文投稿までの1年を切る研究期間で、今回の成果に辿り着くことができたのは、学生たちの研究を通じて社会に貢献したいという熱意、問題の本質を正確に捉える理解力、常に指導の先を行く卓越した行動力、謙虚で努力を惜しまない姿勢があってこそである。赤外高速度カメラという新たな研究ツールが研究室に導入されてから7年。この間に様々な新たなアイデアが生まれ、試され、次々に新事実が発見されている。研究し尽くされ、およそ全てのことが把握・理解されていると思われがちなエンジンの研究だが、アプローチの仕方次第でまだまだ新展開がありそうな気がしている。
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