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Vol.16 No.3

火花点火機関における壁面近傍微小量ガスサンプリング手法の開発
Development of a near-wall micro gas sampling method in spark ignition engines
多ケ谷 優治、長澤 剛、小酒 英範
Yuji TAGAYA, Tsuyoshi NAGASAWA, Hidenori KOSAKA
東京科学大学
Institute of Science Tokyo

アブストラクト

 電動化の過渡期においても、自動車用内燃機関の熱効率向上は重要な課題である。本研究では、熱損失のうち冷却損失および未燃損失に関与する壁面消炎機構に着目した。壁面消炎を解明するには、壁面熱伝達の影響を受ける壁面近傍ガス組成を高時空間分解能で計測する必要がある。そこで、急速圧縮装置に高速電磁弁式微小量ガスサンプリング機構を組み込み、壁面から200–1000μmの領域のガスを任意時刻で採取可能とした。また、バルブ開弁時間により採取量を制御できる。採取ガスを四重極質量分析計と深層学習により解析し、壁面近傍から採取したガス中の組成を分析した。

消炎層におけるガス組成を直接捉える計測手法
壁面消炎機構解明に向けた計測課題

 火花点火機関では、伝播火炎が燃焼室壁面に接近すると、壁面熱伝達により化学反応が急速に抑制され、未燃炭化水素や部分酸化生成物が壁面近傍に残留する(図1)。この火炎壁面干渉は、冷却損失と未燃損失の双方に関与し、高効率エンジンの実現や環境負荷低減において重要な現象である。
 これまで、火炎壁面干渉の実験的理解には、光学計測による火炎構造の観察や、壁面熱流束計測による熱伝達の評価が用いられてきた。一方、壁面消炎によって形成される未燃ガスや部分酸化生成物の組成は、壁面熱伝達の影響を強く反映している。したがって、消炎層における化学種およびガス組成を把握することは、火炎壁面干渉および壁面消炎機構を化学的側面から評価する新たな計測項目となる。

微小量ガスサンプリングシステム

 本研究では、急速圧縮装置の燃焼室壁面に高速電磁弁式の微小量ガスサンプリング機構を組み込み(図2)、ピストン運動および燃焼進行に同期して壁面近傍ガスを採取した。採取対象は壁面から200–1000μmの領域であり、標準状態換算の採取量は約1μL、最小採取期間は0.3msである。ガスサンプリング量計測にはガスサンプリングチャンバに設置したピラニゲージを用いており、解析したエンジン筒内の状態量を考慮して壁面近傍における微小サンプリング量を推定している。
 サンプリング時刻は圧縮終端、燃焼進行中、燃焼後に設定し、同一燃焼場における時系列変化を比較した。採取ガスは加熱配管を介して質量分析計へ導入し、希釈や凝縮の影響を抑制した。これにより、1サイクルごとの任意時刻における未希釈壁面近傍ガスを採取し、消炎層内の化学状態を直接分析することを可能とした。

深層学習を用いた壁面近傍ガス組成分析

 採取ガスは四重極質量分析計に導入し、0–100m/zの質量スペクトルとして取得した。燃焼ガスでは、炭化水素、含酸素化合物、無機成分のフラグメントが広い質量範囲で重畳するため、単一ピークに基づく成分同定では定量性が制限される。そこで、教師あり深層学習により既知成分の寄与を推定し、回帰分析により局所的な重なりを補正した(図3)。この多段階解析により、主要安定成分に加え、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アセトンなど、消炎過程に関与する中間生成物を定量的に扱うことができる。

燃焼進行に伴う壁面近傍組成の変化

 プロピレン/空気予混合火炎の壁面近傍ガスを解析した結果、中間生成物の発現時期には化学種ごとの差異が存在する(図4)。水素(図4-(a))およびアセトアルデヒド(図4-(b))は燃焼進行度ηの広い範囲で検出され、燃焼期間全体を通じて生成・残留する成分と考えられる。一方、アセトン(図4-(c))および1-ブテン(図4-(d))は圧縮終端から燃焼初期に高く、その後減少したことから、低温酸化、部分酸化、または水素化反応に由来する初期生成物である可能性が示された。これに対し、ホルムアルデヒド(図4-(e))は主に燃焼後期で検出され、火炎到達後の酸化反応が壁面近傍で途中停止することにより残留した中間生成物と考えられる。

まとめ

 本研究では、壁面近傍から微小量の未希釈ガスを任意時刻で採取し、質量スペクトル分離解析と組み合わせることで、火花点火機関における壁面近傍ガス組成を評価した。得られた結果は、壁面近傍において燃料が単に未燃状態で残留するのではなく、部分酸化、水素化、分解反応を経て多様な中間生成物へ変換されることを示している。今後は対象燃料および分析対象成分を拡張し、エンジン燃焼場における火炎壁面干渉機構の解明へ展開する。

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